揃ってキッチンに移動し、試しにスプーンを取り出す。プラスチックの持ち手部分は黄ばみ、かつてあっただろう印刷は見るも無惨に剥げているが——まだちゃんと、壊れずにそこにあった。
「……本当は、ジェイドがこの家を出る際……荷物の中に、これも含まれていたんですけど。こっそり抜き取って、ずっと黙っていたんです。いつかもし、彼が帰ってきた時に……驚かせ、たくて」
「……そっか。寂しかったんだね。でもそれが今、功を奏してるわけだから胸を張っていいよ。
はは……何も銃撃事件だけが、彼の弱点じゃないからね。押してダメなら引いてみろ精神、大事だよ。どちらにせよ彼としては、隠したい事実だろうしね……!」
「……でも、いいんですかね。そんなことして……」
ほぼ読めなくなった印刷部分をなぞる。別に乗り気でない、というわけではないが……
「決心がつかない?」
「そう……ですね。私としては、本当に毎日が苦痛でしたし……彼にそれを認めさせて、彼が反省してくれるなら……それ以上のことはない、ですけど。
ただ、自己満足じゃないかとも思うんです。現状ジェイドは、本当に大勢から希望とみなされている。そんな彼に打撃を与えて、もし失脚させられたとしても……それは単に、私の憂さ晴らしにしかなりませんから」
「……優しいね。でも君の言うことも一理ある。
ちなみに言っておくと、それだけ実行した場合失脚の可能性は半々かな。ただ、信じる信じないを除いても多分、彼への多大なるマイナスイメージ……というか『本当かは分からないけど信用ならないのかも』みたいな印象は振り撒けるわけだ。
あとは君が、その後どれだけ声を上げられるかにかかってる。もちろん僕たちも全力で協力するけどね、それによって事実改変も防げるし」
なるほど、と頷く。もしもこのまま放置すれば、ジェイドは更に悪行を重ねるだろう。その上私の立場も危うくなり、サイラスもいなくなって……果たしてその先、このような機会が訪れるのだろうか?
……分かっている。答えはノーだ。ならば今すぐにでも、決断した方がいいことも分かっている。
「ねえ、アレク」
『……どうした?』
「アレクはさ、前に言ったよね。根付いた問題がある以上、妹さんのことはあっても私に協力したい、って」
『そうだな、そしてできるなら……それが解決してくれればいいなとは、思う』
「で、サイラスはさ。私がやりたいって言うなら、付き合ってくれるんだよね?」
「もちろん。僕は君以外の人間のことなんか、知ったこっちゃないからね!」
「……じゃあ、一つ考えがあるんですけど。ジェイドの失脚と共に……私、本物の太陽を取り戻したいです」
一瞬、サイラスが息を詰め。アレクは『いいじゃねえか』と嬉しそうに笑う。
「結局、組織の最終目標は『太陽を取り戻す』ことです。ならジェイドを失脚させたとしても、それが達成されれば……色んな人から、完全に希望を奪い去ることはしないで済む」
「確かに。でもきっと大変だろうよ、覚悟はあるかい?」
「もちろんです……と言いたいところですが、正直かなり怖いです。でもきっと、いつか誰かがやらなければいけないこと、ですし。
……何より、今までジェイドとか組織の人にされたことを思うと腹が立ってきて。正直言えば、遠ざけていたのは私でこそあれ……助けてもくれなかったやつらに、気を使う必要なんてないなとも思うんですけどね!
でも、そうやって腹を立てられる、というか……めそめそしながら、うずくまってるだけにならないのは二人のおかげなので。後悔しないうちに、動いておこうかなと!」
「よーし、よく言った! それならやろう今すぐやろう、そして慌てるジェイドを見てゲラゲラ笑ってやろう!」
『……ありがとう、希空。決断してくれてすげえ、嬉しい』
よかった、とんでもないことを言っている自覚はあったのに……二人とも、私を馬鹿にしないし笑顔で協力してくれる。それがどんなに嬉しいことか、今までずっと私は知らなかった。