アダムはいなかった 「限界」

 翌日朝七時。朝食までを早々に済ませ、私たちはリビングに集まった。

 今回の目的地である、御高説垂れ流し用のスタジオはジェイドの執務室の隣にある。昨日の時点で「明日撮影と来客が」と言っていたわけだし、タイミングも悪くない。

 放送に関しては、「僕がなんとかするよ」とサイラスが意気込んでいるから任せればいいだろう。

 ただ——懸念点がひとつ。それはアレクが、昨日の夜から眠ったままでいることだ。

「アレク、心配ですね……体調悪いんでしょうか」

「うーん……あるいはもう、活動限界が近いのかもしれない。彼は肉体もだけど、願い主を既に喪ってるからね……」

「え、っ」

 瓶に伸ばしかけた手が止まる。アレクが、消えてしまう?

「……まあ、僕も彼のような形で残留してる神については、全く詳しくないけどね。ただ今から肉体を与え直す、っていうのは、一時的なものならまだしも、基本的には不可能なんだ。
 今の彼にもし、新たに叶えたい願いがあったとしても……僕が再度力を与えたら、それに対応した別人になっちゃう可能性もある。なんとも悔しいけど、そうなってしまったら僕にも戻せないんだ」

 つまり、打つ手なし。アレクがアレクでいられる時間はもう、そこまで長くないわけか。

 ……そうか。そう、なのか。

「でも……いや、だからこそ、かな。彼が事件解決を見届けたいって言ったのは、そういうことだと思うんだよね」

「つまり……少なくともそこまでは、消えないでいてやるって……?」

「だろうね。でもさ希空、ひとつ憶えておいてほしいんだ。
 僕たちは、たとえこのまま死んだって……君を恨むなんてことはしないよ。それでもまだ頑張ろうと思えるのは、何より君のためなんだ。
 まあアレクに関しては、妹さんの無念関連の方が強そうだけどさ。それはそれとしたって、君の力になりたいと思ってるのは間違いない。だって君も、彼の妹なんだろう?
 それに僕も、彼には負けていられないからね。僕が言うのも大分、白々しいのは分かるけど……やっぱり君が大事だからさ。できるなら笑顔で、解決に向かいたいんだ」

 だから今日は、三人で頑張ろうね、と。差し出された拳に、私はアレクを握り込んだ拳を当てて応えた。

「……頼りにしてます」

「もちろん。それじゃあさっそく行こうか、準備はいいかい」

 彼は私の手を取った。転移するから離さないでね、と笑みと共に告げて——視界が白く、染まる。

  • 0
  • 0
  • 0

静海

小説を書くこととゲームで遊ぶことが趣味です。ファンタジーと悲恋と、人の姿をした人ではないものが好き。 ノベルゲームやイラスト、簡単な動画作成など色々やってきました。小説やゲームについての記事を書いていこうと思います。

作者のページを見る

寄付について

「novalue」は、‟一人ひとりが自分らしく働ける社会”の実現を目指す、
就労継続支援B型事業所manabyCREATORSが運営するWebメディアです。

当メディアの運営は、活動に賛同してくださる寄付者様の協賛によって成り立っており、
広告記事の掲載先をお探しの企業様や寄付者様を随時、募集しております。

寄付についてのご案内