「サイラスは、もしジェイドが失脚したら……契約は、その先は、どうするつもりなんですか」
転移に集中しているのだろうか、彼の返事はない。だが私が次の言葉を紡ぐより早く——私たちは、ジェイドの執務室があるフロアにやって来ていた。
「よし、着いたね。それで希空、さっき何か言ってた?」
「……いえ、大したことじゃないです。それよりも早く、様子を見に行きましょう」
「分かった。じゃあ僕は一旦隠れておくね、何かあったら出てくるから」
言ってすぐ、サイラスの姿が見えなくなる。便利な力だなあほんと。
「それじゃあ早速、スタジオの方に行きましょう」
「——待った。誰か大声で話してる」
咄嗟に息を止める。どうやらスタジオから漏れ出ている声らしい。ドアがうっすら開いているのをいいことに、私はスタジオルームへと滑り込んだ。
「……で、あるからして……ジェイド様は実に、実にご立派だ。この組織、ひいてはあなたの功績はもはや数えきれないほどであり……」
『あー、客人ってのは今日のゲストのことかな。しかしまあ声の大きい人だね……』
(ジェイドが一番苦手なタイプですね、これ)
違いない、と苦笑するサイラスと共に、機材へと隠れつつ移動する。だが、スタジオまであと十メートル、というところで。客人らしき男が、一際大きく声を上げた。
「……何よりも、原初の悪であるイヴを殺したその功績こそ、あなたにとって最も輝かしく称えられるべきものだ!」
……息が、詰まった。
話の流れこそ分からないが、この男がとんでもない失言をしたことだけははっきりと分かる。撮影スタッフのどよめきすら届く中、ジェイドが低く「黙れ」と紡いだことはしかし、興奮した男の耳には届かなかったらしい。
「いやあ、本当にイヴという神は諸悪の根源ですからな! 何よりあなたに近付いて、たぶらかそうとした挙句殺されるなど本当に愚か! 汚らわしく最も忌むべき存在です!」
ディレクターらしき男が駆け出す。しかし客人は止まらない。ジェイドが銃を取り出す動きが、やけにスローモーションに思えた。
「——黙れと、言っているだろう」
ズガン、と。
私ですら聞いたことのない、冷え切った声と共に——銃声が、響いた。