アダムはいなかった 「限界」2

「サイラスは、もしジェイドが失脚したら……契約は、その先は、どうするつもりなんですか」

 転移に集中しているのだろうか、彼の返事はない。だが私が次の言葉を紡ぐより早く——私たちは、ジェイドの執務室があるフロアにやって来ていた。

「よし、着いたね。それで希空、さっき何か言ってた?」

「……いえ、大したことじゃないです。それよりも早く、様子を見に行きましょう」

「分かった。じゃあ僕は一旦隠れておくね、何かあったら出てくるから」

 言ってすぐ、サイラスの姿が見えなくなる。便利な力だなあほんと。

「それじゃあ早速、スタジオの方に行きましょう」

「——待った。誰か大声で話してる」

 咄嗟に息を止める。どうやらスタジオから漏れ出ている声らしい。ドアがうっすら開いているのをいいことに、私はスタジオルームへと滑り込んだ。

「……で、あるからして……ジェイド様は実に、実にご立派だ。この組織、ひいてはあなたの功績はもはや数えきれないほどであり……」

『あー、客人ってのは今日のゲストのことかな。しかしまあ声の大きい人だね……』

(ジェイドが一番苦手なタイプですね、これ)

 違いない、と苦笑するサイラスと共に、機材へと隠れつつ移動する。だが、スタジオまであと十メートル、というところで。客人らしき男が、一際大きく声を上げた。

「……何よりも、原初の悪であるイヴを殺したその功績こそ、あなたにとって最も輝かしく称えられるべきものだ!」

 ……息が、詰まった。

 話の流れこそ分からないが、この男がとんでもない失言をしたことだけははっきりと分かる。撮影スタッフのどよめきすら届く中、ジェイドが低く「黙れ」と紡いだことはしかし、興奮した男の耳には届かなかったらしい。

「いやあ、本当にイヴという神は諸悪の根源ですからな! 何よりあなたに近付いて、たぶらかそうとした挙句殺されるなど本当に愚か! 汚らわしく最も忌むべき存在です!」

 ディレクターらしき男が駆け出す。しかし客人は止まらない。ジェイドが銃を取り出す動きが、やけにスローモーションに思えた。

「——黙れと、言っているだろう」

 ズガン、と。

 私ですら聞いたことのない、冷え切った声と共に——銃声が、響いた。

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静海

小説を書くこととゲームで遊ぶことが趣味です。ファンタジーと悲恋と、人の姿をした人ではないものが好き。 ノベルゲームやイラスト、簡単な動画作成など色々やってきました。小説やゲームについての記事を書いていこうと思います。

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