『希空、アダム様の様子は……』
「アレク、起きたんだね。サイラスの方はなんとか、うなされずに寝たみたいだ」
『……ごめんな、オレがいれば止められた事態だった……』
「大丈夫、どちらにせよ別の方法でこうなってたって。だって事実を改変する能力だよ?」
言いながらも、胸中の不安は消えない。こびりつく吐き気を飲み下し、私はリビングのカーテンを少し開ける。
……どうやら私の家に殺到した暴徒は、サイラスの力で一瞬正気に戻り帰ろうとするが、範囲外に出た途端引き返しているらしい。そのため止まぬ罵声が、今も遠くから聞こえている。
「……これから、どうしようね。これで色々、解決できると思ったんだけど……甘かった、みたいだ」
『希空、落ち着け。きっと解決策はある、だからまだ諦めるな』
「うん、大丈夫。まだ何かないか、考えていられる余裕はあるよ。
……ねえ、アレク。サイラスが言ってたよ。君の活動限界が近いって、本当?」
『そ、れは……ッ』
沈黙すら、遠い喧騒にかき消される。永遠にも思える時間の後、アレクは重く語り始めた。
『……本当、だ。結構頑張ってたんだが、意識を保っていられなくて……今日はずっと寝てた。もっと言うならお前が不死にされるまで、一言も話さなかったのは力のセーブも兼ねてたんだ。本当に協力に値する人間か、見極めたかったっていうのもあったけどさ。
なんで……だろうなあ。あの子の最期にも立ち会えなかったのに、オレはまた、半端なところで消えようとしてる……』
励ますための言葉の中に、私が口にしていいものが一つもないことに愕然とする。だって彼を殺したのも、今までずっと助けられてきたのも私なのだ。
『……なあ、希空。お前はこれから、どうするつもりなんだ』
何も、返せる言葉がない。このまま家にいたとして、おそらく私は死なないだろうが——サイラスとアレクの限界は、近い。
『聞いた限りだと、お前とアダム様が「悪」として定義されちまった感じだろ? それを正義として再定義できればいいんだろうが、問題はそれをどうするかで……ああもうほんと、オレはまた何もできないのかよ……!』
「……大丈夫。そんなこと、ないよ」
「っ、サイラス! なんで起きて……!」
だが唐突に、現れたサイラスはまた「大丈夫」と苦しげに笑う。明らかに言葉通りではない顔色と、血の滲む傷口を庇いながら——それでも最近の定位置である、私の隣へと腰を下ろした。
『アダム様、無茶です! 横になっていてください、傷口が開きます!』
「心配してくれるのかい、アレクは優しいね。
……ただ……寝てても治らない傷だからね、これ。それなら色々動いていた方が、精神的にマシだからさ。ちょっとだけ、許しておくれ」
そこまで言われては、私もアレクも反論できるわけはなく。『そんなことない、とは』と問うたアレクに、「焦らずとも、今から教えてあげるよ」とサイラスは笑んだ。
「ただ……その前に、希空にはかなり、きつい事実を突きつけることになる。なりふり構ってはいられないから、君が嫌がったって話すよ」
「……きつい、事実?」
「うん。前提として、名前から察せるかもしれないけど……僕が最初の神で、その次に発生したのがイヴだ。名前は後付けなんだけどね、その辺りはいったん省略だ。
そして彼女に力を乞われた僕は、彼女にある『意地悪』をすると決めた……」