「……しかしイヴは死に、後には狂気に呑まれたジェイドと……イヴに拾われ、ジェイドの元にいた君だけが残った。そして今、僕たちはこんなことになっている」
「じゃあ……あなたがイヴに提示した条件、って」
「……いつか君も言っていたよね。人間の血液を摂取しないこと、って。あの時僕は、それを訂正しないどころか嘘を教えたけど……それは少しだけ、真実とズレた制約だ」
どこからか取り出された、採血記録がテーブルに置かれる。だがサイラスが示したいのは「それ」ではなく、二つ折りだったそれの間、挟まっていたもう一枚の紙だ。
「僕もさっき、存在に気付いたんだけど……君にはショッキングな内容だろう。だから心の準備として、読む前に質問があれば、聞くよ」
「……さっき、ジェイドは……あなたがアダムだということに、以前から気付いていたようなことを言っていましたが、それは」
「ああ、それはね。イヴが近況報告も兼ねて、何度か僕を訪ねていたから。多分僕はイヴから、そしてジェイドもイヴから、お互いのことを聞かされていたんだろうね。
だからもちろん、希空。君のことも随分と、聞いた」
「……イヴの力にある制約って、提示した条件と同じなんですか?」
「いや、それとこれとは別問題だ。ちなみに僕の力のコピーを渡してる感じだから、僕の方が改変の優先度は高い、んだけど」
ぜひゅ、とサイラスがかすれた息を吐いた。
「ご覧のとおり、僕は今ひどく弱ってる。下手をすればひっくり返される可能性も大いに、ある」
『じゃあ……この方舟自体が抹消される、って可能性もあるってこと、ですか』
「うーん、どうだろう。現所有者の希空が死ねばさ、多分消えちゃうだろうけど……とりあえず、それはありえないこととして。
そもそも不思議に思わなかったかい? 水の底にあるこの方舟で、大して草木もないのに窒息せずにいられることとか……どの階層でも電気がしっかり使えることとか。それは彼女が、『そういうもの』としてこの方舟内の事実を作ったからだ。
そういう世界創造に関しては、さすがに力をすごく使うからね。同時に二つは作れない、イコールジェイドや自分を逃がす場所を作れないとまずい、から破壊はできないと思うよ」
聞けば聞くほど、スケールの大きい話だ。今まで自分が生きていた世界が、どれほどの力の上に成り立っていたかなど考えたこともない。
「それじゃあなんで、イヴの能力についてずっと黙ってたんですか? こうなる可能性だって大いにあったのに、どうしてなんの対処もせず……!」
「死にたかったから、かな」
……え?