なぜだろう、言葉の意味が頭に入ってこない。当のサイラスはあくまで、苦悩も悲哀も見せず——ただ穏やかに、笑いながらそう言ったものだから。
『アダム、様……? 今、なんと』
「うん、死にたかったからだよ。なんなら今もすごく、死にたい」
なんで、と落ちた私の声は、あまりにも弱々しく震えていた。
「はは、なんて顔してるのさ。そもそもこの先も生きるつもりがあるならさ、ジェイドにあんな交渉持ちかけないでしょ」
「なら、あと二日で……本当に?」
「下手したら、それより早いかもしれない。ジェイドとの契約は、どちらかというと治癒能力を無効化するもので……もう一つ、こっちは本当に死ぬための願いを受けてる、から」
「いったい誰が、そんな」
「そりゃあ君だよ。それ以外に、僕が願いを叶える相手なんていないさ。
……自分の願い主である、君の願いで死ねるんだ。神としてこんなにも、光栄なことはない」
言ってない、そんなこと言ってないと。そう言いかけて、脳裏によぎるのはいつかの会話だ。
「私としては、用が済んだら早々に死んでくださると助かります」
『……はは、約束するよ。でも用事が済むまでは待ってくれるんだね、優しいなあ』
「と、取り消します! 私もう、そんなこと少しも願ってない……!」
「だーめ。僕が自分にかける術ならまだしも、叶える側と願う側、どっちもそれを認めない限りは叶わないよ。
それこそ相手が無機物だとか、意識がないとか、そういう場合でもなければ、ね」
『な……ど、どうしてですかアダム様! どうしてそんな、そんな死に方を!』
「それを話す前に……そろそろさっきの話、しちゃおうと思うんだよね。いいかい希空、僕以外の神が決して破ってはならない制約っていうのはさ。
本当のところ、血っていうのもある意味合ってるんだけど。『人間の体液全般を、多量に摂取してはいけない』なんだよね」
「……は、っ?」
理解、できなかった。
「本当はね、多少の摂取ならセーフなんだけど……血はさすがに、前に言った通り人間を害したって判定にしてたんだ。それを逆に利用されちゃったのは、ちょっと頭が痛かったけど」
サイラスが何を言っているのか、分かるのに脳が拒んでいる。