アダムはいなかった 「追憶」3

 なぜだろう、言葉の意味が頭に入ってこない。当のサイラスはあくまで、苦悩も悲哀も見せず——ただ穏やかに、笑いながらそう言ったものだから。

『アダム、様……? 今、なんと』

「うん、死にたかったからだよ。なんなら今もすごく、死にたい」

 なんで、と落ちた私の声は、あまりにも弱々しく震えていた。

「はは、なんて顔してるのさ。そもそもこの先も生きるつもりがあるならさ、ジェイドにあんな交渉持ちかけないでしょ」

「なら、あと二日で……本当に?」

「下手したら、それより早いかもしれない。ジェイドとの契約は、どちらかというと治癒能力を無効化するもので……もう一つ、こっちは本当に死ぬための願いを受けてる、から」

「いったい誰が、そんな」

「そりゃあ君だよ。それ以外に、僕が願いを叶える相手なんていないさ。
 ……自分の願い主である、君の願いで死ねるんだ。神としてこんなにも、光栄なことはない」

 言ってない、そんなこと言ってないと。そう言いかけて、脳裏によぎるのはいつかの会話だ。

「私としては、用が済んだら早々に死んでくださると助かります」

『……はは、約束するよ。でも用事が済むまでは待ってくれるんだね、優しいなあ』

「と、取り消します! 私もう、そんなこと少しも願ってない……!」

「だーめ。僕が自分にかける術ならまだしも、叶える側と願う側、どっちもそれを認めない限りは叶わないよ。
 それこそ相手が無機物だとか、意識がないとか、そういう場合でもなければ、ね」

『な……ど、どうしてですかアダム様! どうしてそんな、そんな死に方を!』

「それを話す前に……そろそろさっきの話、しちゃおうと思うんだよね。いいかい希空、僕以外の神が決して破ってはならない制約っていうのはさ。
 本当のところ、血っていうのもある意味合ってるんだけど。『人間の体液全般を、多量に摂取してはいけない』なんだよね」

「……は、っ?」

 理解、できなかった。

「本当はね、多少の摂取ならセーフなんだけど……血はさすがに、前に言った通り人間を害したって判定にしてたんだ。それを逆に利用されちゃったのは、ちょっと頭が痛かったけど」

 サイラスが何を言っているのか、分かるのに脳が拒んでいる。

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静海

小説を書くこととゲームで遊ぶことが趣味です。ファンタジーと悲恋と、人の姿をした人ではないものが好き。 ノベルゲームやイラスト、簡単な動画作成など色々やってきました。小説やゲームについての記事を書いていこうと思います。

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