「……で、だ。僕が下級神に提示した『意地悪』ってさ。結局のところ、人間と恋に落ちてはいけない、とほぼイコールなんだよね。
僕たち神からすれば、恋愛感情ってつまり性欲だろ? って認識なんだけど。つまりそういう、まあ言っちゃえば粘膜接触なんかすれば……さ。そりゃ死んじゃうよね、僕は最初にそう言ったのにさ」
「……わ、私……昔イヴに、きょうだいがほしいって……!」
「うん、そういうことだろうね。おそらくジェイドに押し切られちゃったんだろう、そしてイヴは砂になって死んだ。
……だから正直、これは彼らの自業自得でもあるんだ。そんなことに巻き込むなよと思ってたから、今までずっと様子見だけだったんだけど、ね」
彼の言葉通り、示された書類には「人間の血液以外で、神を殺害できるか」という研究結果が載せてある。そして唾液や涙など、様々な体液全てで——結果は「可能」とされていた。
……体の震えが、止まらない。
「ふふ、可愛い可愛い僕の希空。僕を殺し、その先ずっと傷を抱えて生きる羽目になる……かわいそうな、僕の運命」
歌うように言って、伸ばされた腕を拒む力は既にない。顎をすくわれ、無理やり彼の目へと向かされた視線の先。もう涙すら流れず、青ざめて震えるばかりの私が映っている。
——とろりと柔らかく、彼の目が熱を帯びた。
「はは……こんな状況じゃなきゃ、僕もジェイドと同じことしてたかもしれないな。案外キュートアグレッションの気があるかもしれない、なんてね。
……好きだよ、希空。君を一目見た時から、ずっと、ずっと」
言いながらも、それ以上のことは何もせず。彼は私を解放し、「さて」と大きく伸びをした。
「伝えたいことは全部伝えたし、そろそろ僕は行くよ。アレク、彼女のことは頼んだよ」
『……どこに、行くつもりなのですか』
「ジェイドのところだよ。結局は僕を殺しさえすれば、多分満足するでしょ彼も。用事はきちんと終わってないけど……まあ結構、限界は近いし」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、咳き込んだ彼の手には多量の血が付着している。
「……だから、死ぬのは僕だけでいい。希空はもう、充分つらい思いをした。あとは僕が、守ってあげなくちゃいけない」
『待ってください、アダム様……!』
だが——アレクの制止も聞かず、笑顔のまま。サイラスは後に何も残さず、その姿を消した。