……時間にして、一時間ほどだろうか。指一本動かす気力がないまま、呆然と座り込んでいた私の名を。アレクがずっと呼んでいるのは、分かっていたのだが。
「……ぅ、あ……」
何かを声にしようとしても、かすれた呻き声しか出ない。視線を動かすことすらひどく億劫で、固まったままの私に——アレクはただ、「動け」と叫んでいる。
『このままじゃ、ッアダム様が! アダム様が死んじまうぞ!』
分かっている。分かっているが動けないのだ。ずっとずっと被害者意識を杖にして、立っていたのを取り上げられて——あげく私は、被害者どころか加害者だった。その事実が重くのしかかって、何もできないまま時間だけが過ぎていく。
「……どう、しよう」
『そんなの、ジェイドのところに行って……アダム様を、助けるに決まってる!』
「どうやっ、て?」
言葉は返らない。彼だってきっと、分かってはいるのだろう。
『……外には暴徒、たどり着く前に捕まったらアウト。そんでジェイドがどこにいるかも分からない、アダム様も……いない』
そう。そういうこと、なのだ。
「……それに、サイラスは……死にたいって、言ってた。イヴについての理由だって結局、話してくれなかった」
つまり私たちに踏み込まれたくないと思うほどに、その絶望は根深いものなのだ。今までずっと死にたくて、他人を遠ざけていた私には、それが痛いほど分かってしまうから。
『……だから、助けに行けないって?』
「そりゃ、そうだよ。そもそも家から出られもしないんだ、アレクは何も分かってない!」
『分かってねえのは、ッお前だよ馬鹿野郎!』
びくん、と肩が跳ねる。今までずっと優しかったアレクの、初めて聞く怒鳴り声だった。
『今までずっと、アダム様はお前のことを気遣ってた! それはお前が幸せに生きられるようにって、間違えながらもずっと、お前のことを想ってやったことだっただろ……!
それがお前ときたらなんだ、死の願いに関しては仕方ねえ、真実を知って絶望するのも仕方ねえ! だが結果として、お前はアダム様を傷付けることしかしてねえじゃねえか!
それにオレは言ったぞ、後悔の種は潰せよって! 今のお前は後悔しかしてねえだろ、ならなんで動こうとしねえんだよ!』
「そ、んなこと言われたって……! ッじゃあどうすればよかったんだよ、そんなこと誰も教えちゃくれなかった!」
『なら考えろ、オレと違って大容量の脳ミソがあるんだから! てめえの頭で、てめえで決めろ! 全部全部周りに決めてもらって、それでずっと生きていけると思ってるなら大間違いだからな……!」
……息が、切れている。
おそらくアレクも、本来なら肩で息をしていただろう。立ち上がり、彼の瓶を掴んだ私に『なんだ、割るつもりかよ』なんて。全部知っているくせに、そうやって強がるところなんて特に……私たち、似た者同士だよ本当に!
「……分かったよ、『兄さん』。
事件解決、見届けてくれるって前に言ったよね。それまでちゃんと、消えないって約束してくれる?」
『……あ、当たり前だろうが……! オレはお前の兄さんだぞ、そんなの言われるまでもない!』
「よし、言ったからね。ちゃんと一緒にいてね、破ったら怒るからね!」
言って彼を、いつものようにポーチにしまう。本当ならば一眠りしたいほど、心身共に疲れているけれど——今行かなければ、絶対に後悔すると分かっていた。