……小柄な私と成人男性が戦うにあたり、体重やリーチに関しては間違いなく負ける。いくら私が死なないとはいえ、攻撃をまともに受け続けていたらたまったものではない。となればひたすら、避けながら攻撃を叩き込むしかないわけで。
転んだ拍子に手を離したのだろう、私の足元に転がってきた銃を部屋の隅に放っておく。真四角の部屋とはいえ、一辺十メートルは下らない場所だ。これで彼の銃は、実質封じたと言ってもいい。
「サイラス、生きてますか」
起き上がれずにもがいているジェイドを横目に、サイラスを抱き起こす。閉じられていた目が薄く、開かれて私を映した。
「……そこは、死んでますかって訊いてほしかったかな……」
注文の多いやつめ。出会った時と言っていることが逆じゃないか。
「生きていてほしいから言うんです。いけませんか」
「……無理だよ、僕の気持ちは変わらない。何よりも君のために死ねるんだ、それ以上の喜びはないね」
「私と一緒に、生きてほしいと言ってもですか」
彼の目が、ほんの少しだけ見開かれた。
「どう、したんだい……? 今までそんなこと、一度も」
「そりゃあ、さっき思いついたので。考えたんですけど、今から二千年以上前に……いつか生まれる私のことを待ち始めたってことは、ですよ。
寂しかったんじゃ、ないんですか。感情だって元からあったけど、寂しいから考えないふりをしていた。違いますか」
否定の声は上がらない。ふらつきながらも起き上がったジェイドから、サイラスを庇うようにして——私もまた、立ち上がった。
「考えておいてください。私もあなたのことを愛している……なんてことは全然ないんですが、私も寂しかったのは、確かな事実なので」
「……は、はは……そこは嘘でも、愛してるって言ってくれた方が……僕としては、嬉しかったかな……」
「嘘は言えません。だって不誠実でしょう、これからもずっと一緒にいる、のに!」
ジェイドがこちらへと駆け出すのを合図に、私もまた強く地を蹴った。もしこれが、少年マンガの世界なら——正々堂々、正面から拳をぶつけ合うような展開だったのだろうが。
走りながら、右袖のナイフを逆手に構える。肉薄の瞬間まで隠していたそれを、あえて「太陽」に反射するよう振りかぶった。
一瞬見えたきらめきに、ジェイドの意識がそちらへと向く。力だけの拳が、私の左こめかみを撃ったけれど——もう、遅い。
どづ、と鈍い音がした。ジェイドの肩口に、刃が深く突き刺さる。
「お前、ッ丸腰じゃ……!」
「何を言ってるんですか、さすがにそこまで馬鹿なつもりはないです。
……卑怯と言うならいくらでもどうぞ。自覚はありますから」
いくら小型ナイフとはいえ、切れ味は馬鹿にならない。皮を裂き、肉を断つその感覚に眉をひそめながらも、えぐるように下へ引き切った。
悲鳴と共に、血がしぶく。ジェイドが床に膝をついた。
「……事実改変についての、イヴの力を停止させてください」
血が滴り落ちるナイフを、ジェイドの眼前に突きつける。脅し程度にはなるだろう。
「そんなことを、して……なんになると、言うんだ」
「少なくとも、あなたがしたことは明るみに出ます。だから今までしたことを、きちんと償ってください」
ジェイドは何も答えない。首を垂れたまま、浅くはないだろう傷を押さえて——荒い息を繰り返すばかりだった。