アダムはいなかった 「覚悟」5

 けれど。

 ——ドクン、と。

 私たちの背後、「太陽」が脈動する気配。慌てて振り返ればやはり、もう一度ドクン、そしてまたドクン、と。

 まるで心臓のように、動くそれは色や形こそ今までのものだが——いったい何が、と思ったその、刹那。

 でろり、と透明な触手が伸びた。

「な、っイヴ! どうして俺を……! おい、いったいどうしたん——」

 とぷん。

「……え?」

 拘束され、床へ転がったままだったジェイドが「飲み込まれた」。

 まるでスライムが人を喰らうように、伸びた触手が彼を掴み、「太陽」の中へ引きずり込んだのだ——なんて理解する頃には、こちらへと同じものが伸びている。

 思考に体が追いつかない。「太陽」はそもそも、イヴや捧げられた他の神を入れておく器だったはずだ。その中身は砂でしかなく、うっすらと女性が浮かんで見えるのは彼女の意思の影響で、と。

 高速回転する頭とは裏腹に、体は全く動かないまま。私の目の前へ迫った触手は、一瞬ためらうようにその動きを止めた、ものの。

 次の瞬間には、先端が蛇の口のように開き。だぷ、と私を呑み込んだ。

「希空、希空ッ! 彼女を離せ、なんで僕だけ……!」

 サイラスも、もはやまともに動けないのだろう。声を上げるが立ち上がれないまま、必死にこちらへと手を伸ばしている。

 ……息ができない。思考が鈍る。それなのになぜ、こんなにも心がざわつかない?

 私とジェイドを呑み込んで満足したのか、追い縋るサイラスを無視して触手が退いていく。満身創痍のサイラスは、這うようにして近付いてくるが——その進みはあまりにも、遅い。

『……の、あ。ジェイ、ド』

 私たちを呑み込むにあたって、ジェル状だったはずの表面は既に硬く。元通りただ薄く光るだけのそれに戻ったイヴが、私たちの名を呼ぶ。

「希空、だめだ! その声を聞くな! イヴと同調しちゃいけない!
 っげほ、がふ……っ!」

 調子の外れたオルゴールのような音が、頭の中で鳴り響いている。サイラスの悲痛な声もどこか遠いまま、彼が激しく咳き込んだ。

『けんか、しちゃだめ……わたし、かなしい』

 先ほどよりも少し、鮮明に聞こえるようになった母の声。ジェイドがあれだけ動揺していたということは、彼の命令ではなくイヴの意思でこうなっているのか。

 ……どろりと重く、頭に靄がかかったような感覚がある。

 ある意味では、ここは彼女の腕の中なのだろう。だってイヴの体温すら感じる。

 だからもう二度と、包まれることは叶わないと思っていたそれの中で——今目を閉じれば、何も苦しむことなく死ねるだろうという確信があった。

『……これで……ずっと、いっしょ、に……』

 ノイズ混じりの声。それでもまだ、母のそれだと分かる。ああ、そうか。

 ……狂ってしまっていたのは、ジェイドではなくイヴの方だったのか。

 だってずっと、他者の力と意思を混ぜられ続けていたのだ。正しく「イヴ」として在れている方がおかしい。こうなる前に気付けなかったことが、最大の敗因だったかもしれない、と。

  • 0
  • 0
  • 0

静海

小説を書くこととゲームで遊ぶことが趣味です。ファンタジーと悲恋と、人の姿をした人ではないものが好き。 ノベルゲームやイラスト、簡単な動画作成など色々やってきました。小説やゲームについての記事を書いていこうと思います。

作者のページを見る

寄付について

「novalue」は、‟一人ひとりが自分らしく働ける社会”の実現を目指す、
就労継続支援B型事業所manabyCREATORSが運営するWebメディアです。

当メディアの運営は、活動に賛同してくださる寄付者様の協賛によって成り立っており、
広告記事の掲載先をお探しの企業様や寄付者様を随時、募集しております。

寄付についてのご案内