けれど。
——ドクン、と。
私たちの背後、「太陽」が脈動する気配。慌てて振り返ればやはり、もう一度ドクン、そしてまたドクン、と。
まるで心臓のように、動くそれは色や形こそ今までのものだが——いったい何が、と思ったその、刹那。
でろり、と透明な触手が伸びた。
「な、っイヴ! どうして俺を……! おい、いったいどうしたん——」
とぷん。
「……え?」
拘束され、床へ転がったままだったジェイドが「飲み込まれた」。
まるでスライムが人を喰らうように、伸びた触手が彼を掴み、「太陽」の中へ引きずり込んだのだ——なんて理解する頃には、こちらへと同じものが伸びている。
思考に体が追いつかない。「太陽」はそもそも、イヴや捧げられた他の神を入れておく器だったはずだ。その中身は砂でしかなく、うっすらと女性が浮かんで見えるのは彼女の意思の影響で、と。
高速回転する頭とは裏腹に、体は全く動かないまま。私の目の前へ迫った触手は、一瞬ためらうようにその動きを止めた、ものの。
次の瞬間には、先端が蛇の口のように開き。だぷ、と私を呑み込んだ。
「希空、希空ッ! 彼女を離せ、なんで僕だけ……!」
サイラスも、もはやまともに動けないのだろう。声を上げるが立ち上がれないまま、必死にこちらへと手を伸ばしている。
……息ができない。思考が鈍る。それなのになぜ、こんなにも心がざわつかない?
私とジェイドを呑み込んで満足したのか、追い縋るサイラスを無視して触手が退いていく。満身創痍のサイラスは、這うようにして近付いてくるが——その進みはあまりにも、遅い。
『……の、あ。ジェイ、ド』
私たちを呑み込むにあたって、ジェル状だったはずの表面は既に硬く。元通りただ薄く光るだけのそれに戻ったイヴが、私たちの名を呼ぶ。
「希空、だめだ! その声を聞くな! イヴと同調しちゃいけない!
っげほ、がふ……っ!」
調子の外れたオルゴールのような音が、頭の中で鳴り響いている。サイラスの悲痛な声もどこか遠いまま、彼が激しく咳き込んだ。
『けんか、しちゃだめ……わたし、かなしい』
先ほどよりも少し、鮮明に聞こえるようになった母の声。ジェイドがあれだけ動揺していたということは、彼の命令ではなくイヴの意思でこうなっているのか。
……どろりと重く、頭に靄がかかったような感覚がある。
ある意味では、ここは彼女の腕の中なのだろう。だってイヴの体温すら感じる。
だからもう二度と、包まれることは叶わないと思っていたそれの中で——今目を閉じれば、何も苦しむことなく死ねるだろうという確信があった。
『……これで……ずっと、いっしょ、に……』
ノイズ混じりの声。それでもまだ、母のそれだと分かる。ああ、そうか。
……狂ってしまっていたのは、ジェイドではなくイヴの方だったのか。
だってずっと、他者の力と意思を混ぜられ続けていたのだ。正しく「イヴ」として在れている方がおかしい。こうなる前に気付けなかったことが、最大の敗因だったかもしれない、と。