……まるで、いつかの私だった。生きる理由も意味もなく、ただうずくまって泣くばかりの生。自分の欠点から目をそらし、現状を変えてくれる「何か」が現れるのを待っている。
私もまた、何かひとつでも違えていれば。こうなっていたのかもしれないと、震えすら走り目をそらす。
「……教えてくださり、ありがとうございます。
ですがあなたを、私は理解することができません」
「だろうな、俺も理解されようとは思わない」
重い沈黙に支配された部屋で、サイラスが渋い顔をする。
「うーん、溝が深いねほんと……とんだ夫婦喧嘩と親離れだよほんと。
……とはいえ約束は約束だ。少し待っていておくれ」
言ってサイラスは、イヴへと歩み寄ろうとして。ジェイドの視線を感じたか、一度立ち止まり「言っておくけど」と声を上げた。
「いくら愛のためとはいえ、過ぎた行動はエゴの押し付けだ。彼女がこうなった理由を、もう一度ちゃんと考えておくれよ」
……ジェイドはまた、重く黙り込んでいる。
「……と、いうわけで。イヴ、ちょっと失礼するね」
高らかに、指を鳴らす音が響く。その途端、景色がいつかのイヴの寝室へと切り替わり——何かの塊にしか見えなかった彼女は、私やジェイドの見慣れた姿に変化した。
「ここ、って!」
「仕方ないから……最期の時くらい、見慣れた家で家族に囲まれてさ。『崩れかけた何か』じゃなくて、昔の姿で過ごさせてあげるよ。
ただし、この術はヒトや神を対象には使えない。つまり彼女は、もうそのどちらでもないってことで……その意味を、しっかり噛み締めるんだよ」
ジェイドはまた、何も答えない。否、答えられないのだろう。代わりに私が礼を告げれば、サイラスは笑みを消して立ち上がった。
……ベッドに横たわったイヴの瞼が開かれ、赤い瞳が私たちを見上げる。どうやら意識を、取り戻したらしい。
「イヴ……!」
「母さん!」
「……あ、れ……? わたし、体はなくなったはずじゃ」
「そこらへんの監修は僕だよ、久しぶりだねイヴ。多分十五分もしないうちに崩れるから、お別れは早めに済ませといてね」
その言葉だけで、全てを理解したのだろう。起き上がり、泣きそうな顔をしながらも——笑うイヴは、相変わらず目が眩むほど美しい。
「ありがとう、アダム。そして迷惑をかけたみたい、だね……ごめんね」
「いいよ、君がお転婆なのは昔からだ。
……それじゃあ僕は、ちょっと離れとくかな。家族水入らずの時間に、僕がいちゃ邪魔でしょ?」
「あ、だめだよアダム! あなたもここにいなさい!」
「ちょ、いてててて! 髪引っ張るのやめろっていっつも言ってるじゃん!」
……一見すれば、纏う色素が似ていることもあり……姉と弟のじゃれ合いのような、微笑ましい光景のようにも取れるけれど。ジェイドが少しむくれているのと、先ほどの会話を思うにそういうことなのだろう。