アダムはいなかった 「願い」3

「……とはいえ、僕がようやく姿を現した日だって……君が撃たれて死んでしまったら、君を見て精神を保つことが不可能になるから行ったんだ。
 けど……はは、なんでだろうね。成り行きで一緒にいるうちに、すぐ君から離れがたくなって……なんなら君を利用して、この生を終わらせることも思いついて。君の望むまま死ねるならどんなに、どんなに幸せだろうって……」

 サイラスが顔を覆う。すきだ、とこぼれたその声が、どれだけの絶望の上に成り立つ感情かなんて、私には一欠片程度しか想像できない。それでも彼が、私という存在にどれほど依存し救われていたのか。それだけは、なんとなく理解できる気がした。

 ……ああ、そっか。私の願いがなんなのか、サイラスは明言していないけれど……私はずっと、誰か優しくて、私を大切にしてくれる人に「助けてもらいたかった」のか。

 そしてサイラスが、私に向けていた笑顔もまた。おそらく「願い主の願いでしか死ねない」彼が、提示した「用事」を円滑に進めるためのものだったのだろう。それが途中から、彼の予想しない方向にズレてしまっただけで。

「……あなたの目論見、叶いませんでしたね?」

「まったくだよ、君のことだから少しは悩むと思ったのに。
 ……どうせ、いずれ君も……僕を置いて死んでいくんだろう? あれだけずっと、死にたがってたくらいだから」

「本当は……そうですね、と言いたいところですが。
 悩んでます、って言ったらどうしますか」

 ぎょっとした顔で、サイラスがこちらを向く。私としてはもう随分、前向きになったつもりでいたのだが——やはり伝わっていなかったらしい。

「そもそもイヴに取り込まれかけた時点で、必死に抗ってたんですから察してくださいよ」

「いや……だってあれは、アレクに免じて出てきてくれたのかと……」

「違います。アレクが何か言い出す前に、以前の私なら諦めてました」

「……じゃあ、なんで……」

 言わせるつもりかこいつ。しかし本当に、からかっているのではなく理解できていなさそうだ。

 ならば仕方ない。彼が心から望む言葉ではないだろうが——せめて、希望になり得るこの言葉を贈ろう。

  • 0
  • 0
  • 0

静海

小説を書くこととゲームで遊ぶことが趣味です。ファンタジーと悲恋と、人の姿をした人ではないものが好き。 ノベルゲームやイラスト、簡単な動画作成など色々やってきました。小説やゲームについての記事を書いていこうと思います。

作者のページを見る

寄付について

「novalue」は、‟一人ひとりが自分らしく働ける社会”の実現を目指す、
就労継続支援B型事業所manabyCREATORSが運営するWebメディアです。

当メディアの運営は、活動に賛同してくださる寄付者様の協賛によって成り立っており、
広告記事の掲載先をお探しの企業様や寄付者様を随時、募集しております。

寄付についてのご案内