アダムはいなかった 「願い」10

 晴空の下、天井だったものがはらはらと舞う。私の決定とサイラスの力、そして私の血を込めた弾丸により——方舟自体は必要とされなくなるまで残るものの、天井はもう二度と塞がらないことになっている。

 そのため雪のように舞うそれを、手に取ればすぐ消えていく。太陽の間の床に転がり、しばしそれを眺めていれば、ふと。

 そこにいたはずのサイラスの姿はなく、白い毛並みの狼が。少し離れた場所から、私を見つめて切なげに鳴いていた。

「……サイラス?」

『うう……ごめん、復活したばっかりだったのに張り切りすぎちゃって……いったん元の姿になってるんだ。すごく楽だあ……』

 あ、一応話せはするのか。となると本来は狼だが、普段は頑張って人の姿をしていると……?

『な、なんでそんなほっとしてるのさ。とんでもない姿してるかも、とか思った?』

 言いながらも、のそのそ歩み寄ってくる。しかしどんどん近付くうちに……よく見る狼サイズかと思っていた彼が、かなりの大きさをしていると気付いた。

「うわ、すっごい! もっふもふで大型! 最高じゃないですか!」

『なんで人型の時より嬉しそうなのさ!』

「え、ふわふわであたたかくて優しい生き物は何者にも勝るんですよ。知らないんですか?」

『否定はしないけどさあ!』

 自分に負けた気分ってなんなんだよお、としょぼくれた様子の彼に抱きついて、毛並みを堪能する。彼の言う通り、本来の姿が目にしただけで発狂レベルのそれだったらどうしよう……と思っていたことはまあ、否定しないが。

『それに敬語にも戻ってるし……うう、だからあんまり見せたくなかったんだよう』

 器用にも、私の脳内へと語りかけながらクゥン、と鼻を鳴らす。耳と尻尾がすっかり垂れてしまっている辺り、こちらの姿に興奮しすぎたようだ。

「あ、はは……ごめんねサイラス。でもさ、私どっちの姿も素敵だと思うな」

『ほんとに?』

「ほんとに。あ、でもこれ下から私たち見えてるんじゃ」

『……まあ、いいんじゃないかな。神秘的な生物を連れた子が、「世界」を救うって素敵だろう?』

「でも、私の知ってるサイラスは人の姿だよ」

『……ふふん! まあ真実を知るものは一人だけ、とかいい言葉だよね』

 気分の浮き沈みが激しいなお前。結局は私と同じような姿をしている、人間フォームの方を褒めてもらいたいようだが……

「……サイラスは、どっちの姿でもちゃんとかっこいいよ」

 笑って言えば一瞬の間を起き、ぼふん、と見慣れた姿の彼が現れる。

「の、希空今なんて」

「なんのことだろうなあ……でもこっちの姿の方が、君の表情が分かりやすいのはあるね」

「……も……もうちょっと自分を大事にして……!」

 突然なんなんだ、崩れ落ちるな。この小悪魔、とか私に無縁な言葉が飛んだものの、聞かなかったことにして目をそらす。

「……仕方ないなあ。それならちょっとさ、空の散歩とかどうだい。さっきはああ言ったけど、やっぱり見られながらする話じゃないね!」

「まあ、下まで声が届いてるとは思いませんがね……」

 まあまあ、とサイラスが元の姿に戻る。そうして私に背を向け、「どうぞ!」とぶんぶん尻尾を振るものだから。

「どっちかというと犬……?」

『犬科ってだけだから! 一応狼だもん!』

 自分で一応って言うなよ、と思うものの、声に出すのはやめておく。代わりに彼の背中に乗って、跳躍の圧に負けないようしがみついた。

『あ、でも僕は有能だからね、ちゃんと風圧とか来ないようにしてあるよ。つまりは役得』

「降りていいですか」

『ごめんってー!』

 そう言えばこう返るだろう、というのが分からないのかこいつは。だがふと視線を上げた先、広がる光景に息を呑んだ。

『僕とイヴの全力をもってしても、元通りにはできなかったけど……まあそこそこ、いい感じにはしたからさ。これからはまた、人が住めるようになるはずだよ』

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静海

小説を書くこととゲームで遊ぶことが趣味です。ファンタジーと悲恋と、人の姿をした人ではないものが好き。 ノベルゲームやイラスト、簡単な動画作成など色々やってきました。小説やゲームについての記事を書いていこうと思います。

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