晴空の下、天井だったものがはらはらと舞う。私の決定とサイラスの力、そして私の血を込めた弾丸により——方舟自体は必要とされなくなるまで残るものの、天井はもう二度と塞がらないことになっている。
そのため雪のように舞うそれを、手に取ればすぐ消えていく。太陽の間の床に転がり、しばしそれを眺めていれば、ふと。
そこにいたはずのサイラスの姿はなく、白い毛並みの狼が。少し離れた場所から、私を見つめて切なげに鳴いていた。
「……サイラス?」
『うう……ごめん、復活したばっかりだったのに張り切りすぎちゃって……いったん元の姿になってるんだ。すごく楽だあ……』
あ、一応話せはするのか。となると本来は狼だが、普段は頑張って人の姿をしていると……?
『な、なんでそんなほっとしてるのさ。とんでもない姿してるかも、とか思った?』
言いながらも、のそのそ歩み寄ってくる。しかしどんどん近付くうちに……よく見る狼サイズかと思っていた彼が、かなりの大きさをしていると気付いた。
「うわ、すっごい! もっふもふで大型! 最高じゃないですか!」
『なんで人型の時より嬉しそうなのさ!』
「え、ふわふわであたたかくて優しい生き物は何者にも勝るんですよ。知らないんですか?」
『否定はしないけどさあ!』
自分に負けた気分ってなんなんだよお、としょぼくれた様子の彼に抱きついて、毛並みを堪能する。彼の言う通り、本来の姿が目にしただけで発狂レベルのそれだったらどうしよう……と思っていたことはまあ、否定しないが。
『それに敬語にも戻ってるし……うう、だからあんまり見せたくなかったんだよう』
器用にも、私の脳内へと語りかけながらクゥン、と鼻を鳴らす。耳と尻尾がすっかり垂れてしまっている辺り、こちらの姿に興奮しすぎたようだ。
「あ、はは……ごめんねサイラス。でもさ、私どっちの姿も素敵だと思うな」
『ほんとに?』
「ほんとに。あ、でもこれ下から私たち見えてるんじゃ」
『……まあ、いいんじゃないかな。神秘的な生物を連れた子が、「世界」を救うって素敵だろう?』
「でも、私の知ってるサイラスは人の姿だよ」
『……ふふん! まあ真実を知るものは一人だけ、とかいい言葉だよね』
気分の浮き沈みが激しいなお前。結局は私と同じような姿をしている、人間フォームの方を褒めてもらいたいようだが……
「……サイラスは、どっちの姿でもちゃんとかっこいいよ」
笑って言えば一瞬の間を起き、ぼふん、と見慣れた姿の彼が現れる。
「の、希空今なんて」
「なんのことだろうなあ……でもこっちの姿の方が、君の表情が分かりやすいのはあるね」
「……も……もうちょっと自分を大事にして……!」
突然なんなんだ、崩れ落ちるな。この小悪魔、とか私に無縁な言葉が飛んだものの、聞かなかったことにして目をそらす。
「……仕方ないなあ。それならちょっとさ、空の散歩とかどうだい。さっきはああ言ったけど、やっぱり見られながらする話じゃないね!」
「まあ、下まで声が届いてるとは思いませんがね……」
まあまあ、とサイラスが元の姿に戻る。そうして私に背を向け、「どうぞ!」とぶんぶん尻尾を振るものだから。
「どっちかというと犬……?」
『犬科ってだけだから! 一応狼だもん!』
自分で一応って言うなよ、と思うものの、声に出すのはやめておく。代わりに彼の背中に乗って、跳躍の圧に負けないようしがみついた。
『あ、でも僕は有能だからね、ちゃんと風圧とか来ないようにしてあるよ。つまりは役得』
「降りていいですか」
『ごめんってー!』
そう言えばこう返るだろう、というのが分からないのかこいつは。だがふと視線を上げた先、広がる光景に息を呑んだ。
『僕とイヴの全力をもってしても、元通りにはできなかったけど……まあそこそこ、いい感じにはしたからさ。これからはまた、人が住めるようになるはずだよ』