見上げた先の巨大な球体には、大きな字で「親愛なる太陽へ」とだけ書かれている。その近くには小さな石碑と、供えられた花々があって——大変ちょうどいいことに、今は周りに誰もいない。
「……で、ここは……」
「いつかの組織の跡地と、『太陽』の慰霊碑だって。見事に壊されちゃったねあのビル、なんかいっそ寂しいな」
「そうだねえ、でもこれからは働き口も山ほどあるし……何より神を殺す必要もない。となれば不要なものだろうしね、病院とかは別に建てればいいしさ」
それはそうか。何がなんでも残るべきもの、というわけでは全くなかったし……むしろ今では、病の根源だったのではとすら思う。
彼がしたことは、決して褒められたことではなかった。それは確かだ。それでもジェイドとイヴの、互いを想う気持ちは本物だったと思う。だからここで、静かに眠るイヴに向けて。私はもう一度、「母さん」と呼びかけた。
「ちょっとだけ、サイラスと旅に出てくるね。しばらく戻らないだろうけど、多分元気でやってるから心配しないでいいよ。
……また、会おうね。約束だよ!」
「よし、誰もいない! さっさと出ちゃおう、騒ぎになると遅くなるしね」
そしてやって来たのは、最近できた「外」への出入り口だ。半ば裏口のようなところだが、目立ってしまうよりはずっといい。
……というのも、私があの日天井を切り開き——空を解放した日。とんでもない高所にいたというのに、誰かが私たちの姿をとらえ、救世主として私とサイラスの名を広めてしまったものだから。私たち二人は、そこそこの有名人として知れ渡ってしまったのだ。
「はは、これじゃあまるで夜逃げじゃないか。いや昼間だから昼逃げかな?」
「そういうのは別にいいんだよ。私たちみたいなやつはいつの間にかいなくなってるくらいがさ、ちょうどいいと思わない?」
「そうだねえ、そして僕たちは伝説になっちゃうってわけだ」
「うーん、そこまでは望んでないかなあ……」
「——希空!」
だが。さあ出るぞ、という時になって、背後からジェイドが駆けてくる。
「ど……うしたんですか、何を言われても私たちは行きますからね」
「違う、止めにきたわけではない。
……ただ、謝りたかったんだ」
言ってすぐ、ジェイドは深く頭を下げる。君たち謝り方そっくりだね、と呟くサイラスを肘で小突いた。