泣き疲れたのか、寝てしまった希空を抱きかかえる。また少し、軽くなってしまっただろうか。
そしてふと目をやった、ジェイドは立ちっぱなしがつらいのだろう。何度も足踏みを繰り返している辺り、おそらくそこそこ痛いのだろうな、と。
……仕方ないので、比較的平らなオブジェを取り出す。それを椅子代わりにして、ジェイドに「座れば?」と声をかけた。
「……ありがとう、サイラス」
「何が? 言っとくけど僕、全面的に希空の味方だからね」
そんなにしみじみと言われるほど、優しくしてやったつもりはないのだが。よほど足が痛かったんだろうか、運動不足なんじゃないの、なんて。
言いかけて、ジェイドが目元を拭っていることに気付く。先ほどまで散々泣いていたのに、どうしたんだと声を上げかけて。
「……お前が、促してくれなければ……こうやって希空に寄り添うことも、きっと一生、できなかっただろうから」
ああもう、この前までの態度はどうしたんだよお前。どうしてこうも、突き放すばかりの僕にまで感謝するんだこいつは。
「……人間の寿命は一瞬だからねえ。まあ希空のためなら、僕はなんだってやるさ。だからその一環だよ、なんにも特別なことはしてない」
ああそうだ、僕は別に……手を離して、一言彼の前で呟いただけだ。だから恩なんか感じなくていいよ、と冷たくあしらった……つもりなのだが。ジェイドがひどく優しい目で、こちらを見ていることに気付いた。
「……希空のこと、よろしく頼むよ。もう俺は、彼女に父とは呼んでもらえないだろうが……」
「はー……言われなくても、これ以上ないほど幸せにするよ。全ての脅威から守り抜くし、彼女の涙の原因は僕が叩き潰す。
……だからさ、ひとつ約束してよ」
「約束……?」
「あ、違う違う。今回は口約束だから。ああいうものに縛られるのはもうたくさん」
あの時はただ、死にたくて死にたくて仕方なくて……あのような手段を取ってしまったものの。今ではその必要もないのだから、同じことを繰り返す道理はない。
……息を吸った。本来なら、僕には必要のない動作。それでも人間には必須で、怠れば命を失うこの動き。
「いつか希空が、家に帰って父さんに会いたい、って行ったらさ。もちろんすぐさま連れてくるつもりだから……そういう寂しいこと、起きてる彼女のそばで絶対言わないで」
きょとんとした黄金の瞳が、けれどすぐに泣きそうな形へと歪む。そうだな、とまた目元を拭いながら、言うジェイドへと「じゃあもう行くね」と。
「ほら、希空。起きて、そろそろ行かないと日が暮れちゃうよ」
「あ……うん、ごめん寝てた……」
「いいよ、疲れちゃったんだろうしね。
……ジェイド、最後に彼女に言うことは?」
まだ少し眠そうだが、僕の腕から離れ、立ち上がった彼女の前。ジェイドは膝を折り、希空と視線を合わせて、ただ。
「……いつでも帰ってくるといい。行ってらっしゃい、気を付けて」
そうして彼女が、一瞬きょとんとした後に。浮かべたその笑みが僕に向けてじゃないのは、ちょっとだけ悔しかったけれど——まあいいか、これにて一件落着ということで。