先生の定義 3

 その後、私は五橋のカレー屋に暇を見つけては通うようになっていた。仙台で異国の雰 囲気を楽しめて、外国人のやりとりが楽しめるのもあったが、お目当てはやはり、スパイスが絶妙のチキンカレーだった。ハイダルさんは私が五橋のカレー屋にいるのが分かると声を掛けてくれて世間話をするようになり、次第にはではあるが仲良くなっていった。世間話をする中で、オーナーであるハイダルさんは、中古自動車の販売や解体を行っていて、日本でたくましく生きているのが分かった。そんなある日、私がそのカレー屋に行った時に、ハイダルさんが私に言うのだった。

「ちょっと困った事ができました。手伝って欲しい事があるのですが…… 」

「自分でできる事なら手伝いますよ?」前にカレーをご馳走になった手前もあるし、仲良くしてくれるので、ここは断れないと思った。

「ありがとうございます」と笑顔で言うと、続けて言った。

 「役所に出す手紙が難しくて…… 私、日本語は喋れるのですが、漢字は分からなくて。漢字、とても難しいですね」

「日本人でも、漢字を全て網羅して知っているわけではないけど、多分私でもできるかな。 挑戦はしてみますよ」と、私が言うと、ハイダルさんが言った。

「じゃあ、早速今から荒井の事務所に行きましょう」

「えっ、今から?まぁいいけど、荒井、久しぶりに行くな。なにで行くの?」

「私の車で行きましょう」 私は、突拍子な展開にびっくりしたが、これが外国人の物事を運ぶスピードなのかと感じるものがあった。

 カレー屋をあとにして、ハイダルさんの車に乗り込み荒井に向かって出発すると車内で、 ハイダルさんは言った。

「あなた、私の先生ですね。私に、日本語教えて下さい。私の日本語まだまだだから。もっと日本語うまくなりたいですね」

「いや、自分、日本人で日本語は喋れるけれど、教えるほどの知識はないよ?」

 「そう?教えるのは知識も大事だけど、心でしょ?あなた、私の先生だよ」 ハイダルさんの、妙な理屈に納得してしまう自分がいた。確かに心で伝えるのは大事な事だと思った。       

「そうだね。でも、自分の事は先生と呼ばなくていいよ」

「いや、私の先生だよ」とハイダルさんは、語気を強めて言った。

  私は、ハイダルさんの強い声と真摯な態度に、本気で言っているのだな、と感じた。ハイダルさんのほりの深い顔つきが、真剣さを強くしている印象がある。外国人の顔つきはこのような時に、日本人とは違う印象を与えるのだろう。

「まぁ、自分に教えられる事があれば伝えるよ」

「ありがとう。沢山教えて下さい」と、ハイダルさんは嬉しそうに答えた。

 ハイダルさんが道中、車内でパキスタンの話をしてくれた。パキスタン人達が普段食べているカレーは油を沢山使う事や、甘いチャイが好きな事、幼い頃には雨で学校が休みの時は母親が甘いお菓子を作ってくれた事。そんなパキスタンの話をハイダルさんはしてくれた。そんなこんな会話をして、荒井の事務所で書類作成を手伝った。一時間あれば、できる書類作成だった。私は、役所からの手紙をハイダルさんに読んであげて、ハイダルさんは手紙の内容を把握して必要な手続きをした。

 その日は、東日本大震災が起きた三月十一日だった。私は、ハイダルさんの荒井の事務所で、書類作成の手伝いをする約束をしていた。五橋のカレー屋でお昼はご馳走になり、ハイダルさんの車に乗って荒井に向かう事となっていた

 「先生、いつもありがとう」と、私が事務所に着いたときに、彼が言った。

 私の愛称はもう先生に変わっていた。別にあだ名みたいなもんだな、と思っていたし、もう定着していたので拒絶する理由もなかった。

 「いえいえ、大丈夫だよ。じゃ、早速書類作成やろう」 その時だった。

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仙台の人

図書館にある、まんがで読破シリーズを全て読みたいと考えています。

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