急に地面から突き上げるような強い揺れを感じた。この地震は今まで感じた中で強さも長さも段違いだった。私は、ハイダルさんに言った。
「地震だ。荒井は海沿いの町だから津浪来たら波に飲まれるよ!早く逃げよう」
荒井は海沿いの町だ。この距離ならばこの事務所にも簡単に到達し、波にのまれる。今すぐにでも逃げるべきだ、私はそう直観した。ハイダルさんも危険を察知したのか、もうすでに逃げる準備をしていた。二人で、すぐに車に乗り込み、山沿いの方へ車を走らせた。すぐに逃げられると思ったが、渋滞が激しく一向に進む気配がない。その時、私はハイダルさんに言った。
「高速道路を過ぎれば、津浪の勢いが弱まるかもしれない。まず、最短ルートで高速道路 を過ぎよう」
「私も、それ考えました。高速道路は十メートルぐらいの高さがあるから、それより高い 津浪は来ないでしょう」
「分からないけど、勢いは弱まるはずだよ」 その会話をした後だった。海沿いの方を見ると、黒い波の塊が押し寄せるのが分かった。
その時、偶然に渋滞が緩和され、なんとか高速道路を過ぎる事に成功した。
「もう大丈夫でしょう。ここまで津浪こないね」と、ハイダルさんは安堵した表情で言った。私もなんとかなるだろうと思ったし、このまま車を走らせれば、津浪に飲まれる事は ないだろうと、思った。
しかし、ハイダルさんは、ここで人助けをしたいと言い出した。
車で高速道路を過ぎて、田園風景のある場所に車を置いた。二人で高速道路の土手を登り、 ハイダルさんが言った。
「先生、この安全な所から人助けしましょう」 その時だった。津浪のゴゴゴゴと迫る音と全てを飲み込む波が、高速道路まで到達したのだった。幸いにして予想通り、津浪は高速道路が防波堤の役割をして止まった。
「今?人助け?第二波が来るかもしれないから、今はとりあえず逃げよう」
津浪は、荒井の高速道路より東側を飲み込みその地区は壊滅的なダメージを受けたと見 てとれた。
ハイダルさんの事務所は流されて販売している中古車も、全て流されてしまったと津浪の威力と周りの風景から分かった。津浪の破壊力は凄まじく、至る所に車がプカプカ浮いていた。ハイダルさんの事務所の中古車も、きっと流されただろう。その様子を ハイダルさんと二人で高速道路の土手の上から眺めていた。
「残念だけど、ハイダルさんの荒井の事務所も車も流されてしまったよ。これからどうする?」と、私は心配そうな顔で尋ねた。
「とりあえず、私のカレー屋に行きましょう。これから食べ物なくなるよ。皆、スーパー で食料品買うでしょ。だから、仙台から食べ物なくなるよ。その後、仙台駅でカレーを皆に食べてもらおう。きっと、ご飯食べられない人も出てくるよ。あと、電気ね。今、信号機も電気ついていないね。電気復旧するまで時間かかるよ。そして、みんな携帯電話で連絡取っているけど、電池もなくなるでしょ?私の仲間に頼んで、車から充電できるように手配するね」
私は、その段取りを考えているハイダルさんを頼もしく思った。
「うーん、なるほど。よく考えているね。すごいな。これからやる事私も手伝うよ。力になれるか分からないけど」
「本当ですか?先生も手伝ってください」
「分かりました。とりあえず、五橋のカレー屋に行こう」 道中、震災の凄まじさを感じる光景がいくつもあった。壊れた家、亀裂が走っている道路、歩いて帰路につく沢山の人々。そのような光景を目にして、私とハイダルさんは今回の地震の凄まじさを改めて知った。