神が語らう備忘録 59話ー聖典に求めた日常、受け止めるべき非日常ー

今や聖堂の中の空気は呼吸を阻害するほどの密度を持っていた。

生物の生存に適さなくなってきているこの空間でまともな思考を保つことが出来るのはあと数分ぐらいか?

悠華は鉛の様な重さのこの場の空気に対して危機感を抱く。

このままでは意識を奪われ物言わぬオブジェとなるのも時間の問題だ…しかし安易な仕掛けはより墓穴を掘る事にもなろう。

まずは一旦異能のリミッターを外して彼女のフィールド干渉を遮断することから考えるか…?

悠華は手首に着けてあるウェアラブル端末を操作し精神的、身体的リミッターをオフにする。

その瞬間、悠華の意識にさざ波のようなノイズが走った。

「…華ッ…悠華ッ!ダメだ!異能を彼女に向けてはいけないッ!」

傍にいるはずの真の叫びがどこか遠いところから聞こえている。

ふり向くと真が見るからに辛そうな顔で肩を上下させていた。

どうした?何が起こっている?

悠華は何が起こっているかもわからず一切の考察もできず目を彷徨わせ、少女の方へ視線を向ける。

少女はあまりにも嗜虐的な笑顔で満足そうな笑顔を浮かべていた。

彼女のフィールド干渉による付随効果が私と真の意識を蝕んでいることは確かだが、私の異能である敵意を持つ者の精神を灼き尽くす救済の炎の前では敵意を持つ者が立っていられるわけが無い。

異能の干渉強度で比べるなら私の能力の方が遥かに上の筈だ。

僅かな違和感と不自然なほどの余裕を見せる少女に対して悠華は自らの異能を解放しようとして、気付いた。

少女の背後の聖人の像の目から涙が流れている。

それは忌避感すら感じさせる深紅の血涙だ…そして少女の背後に僅かな後光が差している。

その光景に奇妙な既視感と強烈な罪悪感を覚え、悠華は思い当たるモノがあったことを思い出す。

まさか彼女の「物語」はッ…?

真の方にふり向き、アイコンタクトを飛ばすと無言の首肯が返ってきて確信する。

これはまずいことになったな。

悠華と真の様子を愉快そうに見ていた少女は耐え切れずに笑いだして答え合わせを開示した。

「そうだよそちらのボブカットのお姉さんの察した通り…私の「物語」は”願いを叶える為の犠牲を背負う聖女”。私に敵性行動をした者は干渉フィールド内で”神の敵”となり世界の理から隔離されて無力な生贄となるのさ!」

なるほど…前に聞いたことがある。聖典の世界観を具現化する能力者が実在するということ。

その裁きや審判を自分の異能フィールド内で具現化できるということ。

このままでは異能だけでなく精神防壁をも取り上げられ彼女の意図通りの最期を受け入れるしかなくなる。

そう、健気な殉教者として命を差し出す役を完遂しなければならなくなるのだ。

しかし…どうする?

彼女への干渉そのものがこのフィールド効果の起動トリガーとなっている。

そして彼女の手の内がこれだけということも無いだろう。

チェックメイトまで何手かもわからないが状況は煮詰まっていてこちらの手足は縛られている。

何か取れる手段は無いのか…

悠華は意識の中の知識と経験則をかき集めて、ひとつだけ引っ掛かりを感じた。

それはアカデミーで流し気味に聞いていた神学の授業の時の事。

「神話崩し」。

自分の都合のいいように恣意的解釈で聖典の意義を定義していたという異端者の話だ。

当時は何の興味もわかない他人事だったが、今それに気づいたことに意味はあるだろう。

悠華の目に希望と意思の光が灯る。

それを見て取った少女は面白そうにそれを観測して余裕を見せ、一言言い放った。

「この期に及んでできる事があるならせいぜい足掻いてみることだね。君たちの「物語」がどれほどのものか見せてもらうとするよ。」

少女のその言葉がこれからの運命の転換点になることをこの場の誰もが知る由もなかった。

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しなちー

アニメやライトノベルを1990年代から没頭している古参オタクです。 様々な作品から感じた事や個人的創作論、私なりの世界観を舞台としたショートストーリーなどを発信していきたいと思います! よろしくお願いします!

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