これは君が始めた物語ではなかったかな?
彼の淡々とした指摘に対して返す言葉が見つからなかった。
無造作に目の前に広げられた、今日この日の為に用意していた渾身の提案書はもうその役目を終えている。
最早こちらに切れる手札は残っていない。
あとはこのまま現状の敗戦処理をしたら私は用済みで放り出されることが容易に想像できた。
…それでも。
これまでの苦しみ悩みぬいた日常と現場の皆と乗り越えてきた厳しい現実の日々が脳裏に浮かぶ。
まだ私には成すべき課題が山積みで、私だからこそ信じてくれた皆の信頼を裏切ることはできない。
しかしこの場で委任決裁が降りなければ現場への復帰は認められず「療養」を命じられることになる。
私が不都合をまとめて処理し面倒ごとの受け口となって稼働していた現場の状況。
それが無くなれば皆の許容度を遥かに超えた不都合要因により業務が滞ることは明らかだ。
それを起因要素としてお互いの信頼関係も瓦解しかねない…目の当てられない状況を想像したくもない。
だが私が始めたシナリオが皆の苦しみを誘引していたとでもいうのか?
私は自分の正当性の土台が揺らいだように感じて自律思考が回らなくなっていた。
私さえ最初からいなかったなら起きなかった現実だったのか?
自責と苦悩がぐるぐると頭の中を回り何も答えが出せなくなっている。
この場の審判者である彼は私が意見を発する様子を見せない事を確認してただ一言、決裁を下す。
それはこれからの未来が確定したことを示す無慈悲な決定だった。
「なるほどチーフの力を前提としていた処理ラインは今後使えないってことね。それじゃあこれからの役割分担だけど…」
さくさくと話を進めようとするイレーネの話を咎めるように、現場の皆の視線が集まっていた。
今までの信頼関係はチーフの実績と背負っていた重責に誰もが納得していたからだ。
役職だけで配属されたばかりのお前に何も決める権限などない。
現場の皆の無言の意思がイレーネの華奢な体に突き刺さり、拒絶の圧力を感じさせていた。
…これはお役目だけこなしてドライになんてわけにはいかないか。
イレーネは一旦軽く息を吐きだして呼吸を整えた後に自分の示せる誠意の形を説明していく。
それはまだ頼りない実用性の伴わない理想論でしかなかったが、これからの未来へのプロセスをイメージさせる熱を帯びていた。
未だ冷ややかな品定めが続く中、イレーネは自分にできるヴィジョンを描いていく。
それは自分が新たな未来への懸け橋となれるかの最初の試練であった。
