ユエが訪れた池がある、洋館の主は法被芳郎の祖母でした。
「俺は、法被(はっぴ)って苗字だから、ハッピーって呼ばれているんだ」
池のほとりに、二人は並んで座りました。
「ばあちゃんが昔、夜の庭に妖精が来たことがあるっていうもんだからさ…こっそりと見に来たんだよ」
ハッピーはそう言って笑いました。
「あら、私のほかにもここのおうちに来た妖精がいたのね」
ユエが驚いたようにいうと、ハッピーは頷きました。
「ばあちゃんは嘘つきだなんていう人がいるけど、俺は信じていたんだ。現にこうやって君に会えたんだし」
ハッピーはとても嬉しそうです。つられてユエも優しく微笑みました。
「でも、妖精が見える人間ってあまりいないようね。私のことが見えたのはハッピーが初めてよ」
こうして、ユエとハッピーは友達になりました。それも秘密の友達です。毎年夏休みになると、二人はこの洋館の池のほとりに集まって、話をしたり、歌を歌ったり、踊りを踊ったりして楽しく過ごしました。
しかし、妖精と人間の時間の流れは違います。初めて会ったとき、ユエとハッピーは同じくらいの背丈でした。しかし、毎年夏が来るたびにハッピーの背はどんどん大きくなり、少年から青年へと変わっていきました。一方のユエは小さな子どものままだというのに。
ユエはハッピーが大好きになっていましたが、同時にそのことがつらくなっていきました。妖精と人間は違う種族。生きる時間も、場所も本来は違うのです。
ハッピーにはハッピーの人生があって、大人になって、人間の誰かと結ばれる。ユエのことなどわすれてしまう。そう思うととても悲しくつらい気持ちになりました。
しかし、ユエはわかっていませんでした。ハッピーはユエが思っている以上に、ユエのことが大好きだったのです。
だから、ハッピーが14歳を迎えた年の夏休みに、ハッピーが「この屋敷で暮らしたい」と言い出したことには仰天しました。
「本気なの?ハッピー。あなた、学校には行かなくてもいいの?」
「俺は本気だよ、ユエ。俺はおばあちゃんの家に住まわせてもらうんだ。いずれはこっちの方にある大学に進学する…。それで、いずれはこの家を継いで…ユエ、君と暮らしたい」
ユエは嬉しさを感じると同時に、非常に恐ろしくもなりました。自分のせいで、ハッピーの人生が決まってしまうこと…そしてハッピーが自分に縛られて生きるようになってしまうこと。それがたまらなく恐ろしくなりました。
「ハッピー、私たちは違う種族なのよ。一緒にはいられない。ましてや人間の一生はあっという間に終わってしまう」
「そんなことはわかっているよ。君と永遠にいられたらどんなにいいか!でも、俺の人生すべてを君と一緒に過ごしたいんだ。俺は君が大好きなんだよ」
ユエは少し黙った後、静かに微笑みました。それは、美しくも、儚い微笑みでした。
「わかったわ、ハッピー。私もあなたが大好きよ」
そうして、ユエはハッピーの唇に優しくキスをしました。
少し間を置いた後、呆然とするハッピーからゆっくりと顔を離してユエは言いました。
「だからこそ、さようなら。ハッピー。お元気で」
月の光がキラリと瞬いたと思うと、ハッピーの目の前にはもう、ユエの姿はありませんでした。
続く
