俺は留学を終えて数年ぶりに日本に帰国した。久しぶりの日本だ。それにしても暑い。スーツケースを引きながら街を歩く。
向こうから歩いてきた人の日傘が俺のすねにぶつかった。すごく痛い。日傘を持った人は俺に気付かずにさっさと行ってしまった。
「ぐうっ……!ぶつかったのに謝りも無しかよ……」
痛みをこらえながら辺りを見回す。長い日傘を差す人、携える人など様々だ。
「なんで長い日傘ばっかりなんだよ……」
ぶつぶつ不平を言いながら俺は歩いた。
*
自宅に帰ると、妹の美緒が出迎えてくれた。親父もお袋も仕事に出ているらしかった。
「おかえり、陽介お兄ちゃん。留学はどうだった?」
「色々と知見が深まったよ。夕食の時に話してやるよ」
「それは良かったね」
「しかし、日本も変わったな。町を歩く人みんな日傘を差してる」
「日本も暑いからね。はい、これ」
そう言って美緒は一本の日傘を俺に手渡した。
「げぇっ!?この長い傘は!」
「お兄ちゃんもこの傘知ってるの?日本で最近大流行しているんだ。柄の長さがなんと1メートルもある”ロング日傘”だよ」
「さっきそれっぽいのにぶつかった。いらない。危ないじゃん。こんなの無用の長物だろ」
「ひどーい。暑さ対策に日傘は手放せないし。男の人でも日傘は必需品なんだよ」
普通の長さの日傘が欲しかったが仕方がない。
「うーん。まあ、ありがとう。どれ、日傘を差して久しぶりの日本を見物してくるかな」
「疲れてない?大丈夫?」
「大丈夫」
「それじゃあいってらっしゃい。水分もちゃんと摂るんだよー」
美緒のアドバイスを背にして俺は長い日傘を差して散歩に出かけた。
*
「暑い……水でも買うか」
俺は自動販売機でミネラルウォーターを買う。”大瀑布の恵み”というミネラルウォーターだ。500ミリリットルで160円もする。
「ミネラルウォーターも高くなったなぁ……」
自販機から出てきたミネラルウォーターをリュックにしまった。他の人の邪魔にならないように自販機に立てかけておいた日傘を開いて歩き出す。しかし、随分大きな日傘だ。余裕で二人は入れるな。
しばらく歩くと、離れたところにうずくまっている人を発見した。スーツ姿の男性だ。熱中症だろうか。俺はその人に駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
俺はスマートフォンで救急車を呼び、その人を日傘の中に入れた。さっき買った未開封のミネラルウォーターをその人に差し出した。
しばらくすると救急車がサイレンを鳴らして駆けつけてきた。これで一安心だ。
*
道なりに歩いていると住宅街に入った。突然女性の声が響いた。
「ひったくりよー!誰か捕まえてー!」
声のするほうを見ると、向こうから男が駆けてくるではないか。ハンドバッグを持っている。あいつがひったくりか。俺は咳ばらいを一つすると日傘を握った。
「きええええええええーーーーーーい!!!」
俺は大声を上げながら勢いよく泥棒めがけて日傘を振り回した。
「うわっ!何だよ危ねえな!」
予想通り、走ってきた泥棒はたじろいで止まった。
「うるさい!さっさとひったくった物を返すんだ!でないとこの日傘で痛い目に合わせるぞ」
「くそう、覚えてやがれ!!」
泥棒はハンドバッグを地面に投げつけると、捨て台詞を吐きながら逃げていった。俺はハンドバッグを地面から拾いあげた。持ち主の女性が駆けてくる。
「ありがとうございます!何かお礼を……」
「いえいえ、大丈夫です」
俺は女性に断りを入れ、日傘を差して歩き続けた。
*
公園のそばを通ると、子供の声が聞こえてきた。
「誰かー!」
声のする方を見ると男の子が叫んでいる。
「どうしたどうした」
俺は公園の中に歩み入る。
「お願いします。妹の風船を取ってください!」
その男の子が俺に頼んでくる。どうやら妹が風船の紐を放してしまったらしい。木の方を見ると、枝にピンク色の風船が引っかかっている。男の子のそばで妹と思わしき女の子が泣いている。
困っている子供を見捨てるわけにはいかない。手を伸ばしても届かないが、この日傘なら取れるかもしれない。俺は日傘を畳み、棒高跳びの要領で走った。
日傘の先端を地面に突き、反動で風船めがけて高く飛ぶ。風船の紐を掴むと同時に、日傘が変な音を立てて折れた。
風船の紐をしっかり掴んだまま、俺はふわりと地面に着地した。地面には折れ曲がった日傘が転がっている。やはり日傘は日傘だ。棒高跳びの棒ではない。
「わぁい!ありがとう!」
女の子は満面の笑みで喜んでいる。
「かっこいい……」
男の子の方は目を輝かせている。良いことをすると気持ちがいい。日傘は折れてしまったが仕方がない。だいぶ自宅に近づいてきたので、俺は帰宅することにした。
*
帰宅すると、先ほどと同じように美緒が出迎えてくれた。
「おかえり、陽介お兄ちゃん。散歩はどうだった?」
「道中で色々な人を助けたよ。これも夕食の時に話してやるよ。しかし、この日傘は無用の長物じゃなかったな」
そういって俺は折れ曲がった日傘を美緒に差し出した。
「それは良かった……って、はぁ!?折れてる!!どんな使い方をしたらこうなるの!?」
驚愕している美緒に俺は答えた。
「人助けに使ったんだ。せっかくだけど、俺は普通の日傘で十分だよ。流行り物だかなんだか知らないけど、長いものには巻かれないのが俺の主義なのさ」
あとがき
星野立子の俳句「柄の長き日傘が流行り来りけり」 に着想を得て、この物語を作りました。皆さんも日傘や水分補給などで暑さを乗り切ってくださいね。
