真夏のある日、俺は散歩の途中で一軒の骨董品屋に立ち寄った。初めて訪れる店だが、古いもの好きの俺にとっては天国のような場所だ。雑貨やら絵やら色々なものが売られている。品物を色々と見ていく中で、俺は雪山が描かれた一枚の絵に目が釘付けになった。
「いらっしゃいませ。お客さん、お目が高いね。これはとある高名な画家が描いた絵でしてね」
店主が声をかけてきた。いかにも骨董品に詳しそうな白髪の老人だ。
「美しい雪山ですね。見ているだけで涼しくなりそうですよ」
俺が絵をほめると、店主は微笑みながら言った。
「実際にこの絵から風が吹いてきて涼しくなれますよ」
「ええ?絵から風が吹いてくるですって?」
俺は耳を疑った。眉唾物の話だが興味がある。物は試しだ。あまり大きくない絵だし、抱えて持って帰れるだろう。
「よし、これを買いますよ。最近暑いし、部屋に飾る絵も欲しかったのでね。いくらです?」
俺が値段を尋ねると、店主は平然と答えた。
「5万円です」
「5万円!?」
俺は耳を疑った。いくら何でも高すぎやしないか?
「なんたって高名な画家の絵ですからね。それに風が吹いてくるので冷房いらずですよ」
まあ、そう考えれば電気代の節約になるか。妻も喜ぶだろう。
「分かりました、買いましょう。クレジットカードは使えますか?」
こうして俺は雪山の絵を抱えて帰宅した。
*
「ただいま。良いものを買ってきたよ」
俺は帰宅すると、台所にいる妻に声をかける。
「おかえりなさい。今は手が離せないから後で見せてもらうわね」
妻はこちらを振り向きもせずに返事をする。
「じゃあ、後で書斎に来てくれよ」
妻にそう声をかけ、俺は二階へ上がる。
書斎に入るなり、俺はさっき買った雪山の絵を壁にかけて眺める。
「この雪山へ行って涼しくなりたいもんだなあ」
しかし、あの店主はこの絵から風が吹いてくると言っていたが本当なのか?まさか騙されたのではないだろうか。
「風なんて全然吹いてこないじゃないか。しょうがない、冷房にしよう」
俺は冷房のスイッチを押す。
すると突然、絵の中から冷たい風が吹いてくるではないか!あの店主の言ったとおりだ。冷房のスイッチで風が出てくるのか。
「こりゃいいな。冷房と雪山で二倍涼しい」
俺は椅子に腰かけてゆったりとくつろぐ。まるで天国にいるような気分だ。
*
おや?ここはどこだ?
気が付くと俺は書斎ではない場所にいた。辺りを見回す。一面の銀世界だ。どうやら俺は雪山にいるらしい。
ヘックション!……うう寒い。
涼しくなりたいとは言ったけれど、いくらなんでもこれでは凍えてしまう。自分の格好を見ると、半袖のシャツに短パンという雪山には不似合いな服装をしていた。なんでこんな格好で雪山にいるんだ?
考えていても仕方がない。先に進もう。どこかに山小屋があるはずだ。山小屋で温まろう。
歩き始めてしばらくすると、突然視界が真っ暗になった。冷たい風が吹き付けてきた。吹雪だ!
すっかり道に迷ってしまった。吹雪で周囲が分からない。完全に遭難してしまった。寒い……、どうしよう……。俺はその場に立ち尽くした。
おーい!!
大声で叫んでみるも、声は白い闇の中に溶けていくばかりだ。
だんだん手足の感覚がなくなってきた。もうだめかもしれない。せっかく良い絵を買ったばかりなのに……。
吹雪の中に立ち尽くしてしばらくすると、だんだん体が熱くなってきた。最初はじんわりと感じていたが、次第に耐え難いものになってきた。体中から汗が噴き出す。まるでぐつぐつ煮えたぎる鍋の中にいるみたいだ。手足の感覚は戻ってきたが、このままでは……。
*
「熱い!!」
「ああ、あなた!目が覚めたのね……」
妻だ。俺のそばでしゃがんでいる。どうやら俺はいつの間にか眠ってしまったらしい。体中が汗でびっしょり濡れている。
「ここは?」
「何言ってるの、自分の書斎でしょ?顔色が悪くて震えていたわ。いくらなんでも温度を下げ過ぎよ、寒いったらありゃしない」
冷房の電源は消えていた。妻のそばには熱湯の入った盥やら厚手の掛布団やらが置かれている。そうか、俺を温めてくれたんだな。
「雪山で遭難する夢を見たよ。半袖短パンでさ。もう寒いのなんのって」
あれが夢で良かったと思い、笑いながら妻に話す。
「そう……。で、あの絵は何?」
妻は壁にかかっている雪山の絵に目を留めて尋ねる。
「ああ、さっき話した良いものだよ。散歩の途中で買ったんだ」
「いくらしたの?」
「5万円くらいしたかな。これがあれば涼しくなって良いんじゃないか?あっはっは」
「そんな笑い事じゃ……5万円!?うそでしょ……」
妻の顔が見る見るうちに青ざめていく。
「……話があります」
妻の声色は雪山の吹雪よりも冷たく厳しかった。
あとがき
皆吉爽雨の俳句「冷房のかつ雪嶺の絵の前に」に着想を得て、この物語を作りました。皆さんも部屋の温度の下げ過ぎにはお気をつけください。
