【小説】「延長戦はこちらで」_Oルート_

ざぁぁぁぁぁ…

バケツをひっくり返したような雨だ。
どんなに待ってもざぁざぁと雨のしずくが地面に叩きつけられる音が絶えない。
空模様も生憎の曇天で、この様子だと晴れる見込みはないだろう。

朝から雨の日は気持ちが進まない。
何故、と問われるならば、間違いなくせっかく整えた服や髪、靴が濡れてしまうから、と答えるだろう。
決して髪型や服、靴にとても気を使っているわけでもなければお洒落ともいえないが
自分が外に出るにあたって気を付けているポイントをダイレクトに台無しにされれば気分も良くない。

ばしゃ、ばしゃ、と音を立てて道を鳴らしながら水滴を飛ばし歩く。

幼いころはこの行動も小さな遊びと認識して楽しめたものだが、
大人となった今、好奇心や遊戯心よりも羞恥心や懐疑心の方が勝るようになってしまった。
何も疑わず、何も恥ずかしがらずに遊びを楽しむ子供を見るたびに、
純粋な心を見るたびに、
こんなに欲や思考に塗れた自分を情けないとつい思ってしまう。

幼いころはむしろそれが大人としてかっこいいことだと思っていたはずなのに、おかしいものだ。

一度沈んでしまった思考が回復するきっかけがないまま、
気分が沈んだまま「おはようございます」と若干間抜けな声を出しながら仕事に取り掛かる。

雑務、クレーム処理、書類整理…

淡々といつもの仕事をこなしながら、ふ、と考える。
「自分が本当にやりたかったことって…これなのか…?」

そんなことを考えている暇があるなら仕事をしなければ、と慌てて思考を飛ばしては残りの仕事も片付ける。

上司からの圧、理不尽な怒り、謝罪、謝罪、謝罪…

小さなストレスがどんどん溜まっていく。
一つ一つのストレスすべてを飲み込み、疲れていることを誰にも知られないように笑顔を取り繕う。

ようやく待ちに待った昼休憩…も、ゆっくりできるはずもなく、
上司からの愚痴を聞いたり、部下の悩みを聞いたりするだけで時間が溶けていく。

今日も言葉を交わすだけに使ってしまった口を休ませながら、少しも変化のなかった姿のお弁当をそっとカバンにしまう。
ぐうう、とお腹はなるものの、食べている時間は最早ない。
ペットボトルの水を一口含んで空腹を紛らわしながら午後の仕事に手を付ける。

午前にため込んだストレスをそのままに、午後も新たなストレスをため込んでいく。
昔から自分は我慢強かった。だから今更ストレスに押しつぶされる、という自信は一切ないつもりだったが
最近になって少しずつ、つらいと感じるようになってきた。
しかし、それを宥めてくれる人もいなければ、その心は甘えだと決めつけてくる人たちであふれている。
周りに感化されやすい俺は、そういうものだと思って今もこうして働いている。

最近は何も思わずに淡々と仕事をこなしているだけで、
周りの人々が自分のことを責めているのではないか、と感じるようになってきた。
故に、心の中では沢山別なことを考えているが、実際は黙々と仕事をしている。

だめだ、もっと自分に厳しくしなければ。もっと、もっと…、血反吐はいてでも仕事をしなければ。

そう思いながら仕事をしているうちにいつのまにか退勤時間になっていたらしい。
あっという間に過ぎ去っていた残業時間を乗り越え、自分一人だけ残った社内で帰る準備をする。
部屋の清掃をして、電気を消し、会社の扉の鍵を閉めて真っ暗な道を歩いていく。

ざぁぁぁあぁぁ…

相変わらず外は雨が強く降っている。
朝にさしてきた傘…は、誰かに持っていかれたらしい。
仕方なくカバンを頭に乗せて帰路を走る。

ざぁぁぁぁあぁぁあ…

ばしゃ、ばしゃ、と朝より強くなった雨を体で受け、やり返しと言わんばかりに靴で蹴りながら帰路を歩いていた。
すると、道の端で座り込んでいる人を見つけた。
その人は傘もささずに、雨をその身ですべて受けてはびしょびしょになっている。

きっとその時、俺は頭がどうかしていたんだと思う。
普段は気にすることもないし、絡まれたら犯罪に巻き込まれるかもしれないのに、俺は好奇心のままにその人に近づいた。
…真っ黒だ。髪、瞳、服装…すべてが黒い。

「あの…」

俺が声をかけた瞬間、目の前の人は俺を見ては微笑んだ。

「やっと会えた。」

え、と声が漏れる。やはりやばい人だったんだ、と決めつけては逃げる体制になる
すると、どさり、と目の前の人は突然倒れた。

目の前で突然倒れられた俺は動揺し、警察や救急車を呼ぶことを頭からすっぽりと抜けてしまった。
とにかく目の前の人を助けたくて、おんぶしては二人で雨をびしゃびしゃに受けながら家に帰る。

家に着くなり、慌てて濡れた服を乾燥させようと服を脱がせる。
同性でよかった、と若干ひやひやしつつも目の前の人に自分の服を着せていく。
とりあえず後のことは考えずに布団に入らせ、食事の用意をしようと夜遅くにキッチンに立つ。

…本当に、何やってんだろう、俺…

内心独り言をこぼしつつも苦笑いする。
こうなってしまったら…曲がりなりにも、保護してしまった責任はとらないとな。

ふわふわのパンケーキを焼き上げ、自分のお弁当を捨てようと手に取った瞬間、
にゅっと出てきてはがしっと掴んでくる腕。
…腕?

現実が呑み込めずに混乱する俺をよそに、その腕の持ち主はじっと俺の弁当を見ている。

「捨てるのでしたら、俺に下さい。」

まさか起きてるとは思わなかった。
思わず悲鳴を上げてしまったが、俺の隣は確か空き家だったはずだから…多分大丈夫だろう。

「…で、…あなたは誰なんですか。それに…「やっと会えた」って何ですか。」

結局目の前の人が「どうしても!」と言って聞かなかったので、渋々お弁当を渡した。
するととんでもなく嬉しそうに笑い、俺の方が面食らってしまった。

「俺はクロ。昔、貴方に助けてもらったんです。
それで、…むぐ、今度はあなたを助けたくて来たんですが…もぐもぐ
助けられてしまいました。…おいしい!」

「食べるか話すかはっきりしてください」

食べるのも話すのもやめないクロに思わず突っ込みを入れつつも苦笑いする。
昔俺がクロを助けた…?
俺なんかが人間を助けた記憶なんてないけど…

疑いの目を向ける俺を余所に、クロはあっという間に食べ終えては
「台所借りるねー」と言って洗い物を始めた。

…パンケーキは明日の朝ごはんにするか。

「ねぇねぇ!俺君の名前を知りたい!
前は聞けず終いだったから…!」

怪しい人に名前を教えるのはどうか、と若干ためらったが、
クロのきらきらした目を見ればその意思は揺らいだ。
「園村 燈(そのむら あかり)」とだけ言うとクロは心底うれしそうに笑いながら

「あかり!覚えた!これからよろしくあかり!」

と手を伸ばしてきた。
俺は不信感からクロの手は取らなかった。クロの本当の名前はほかにあって、俺をだましている。
きっとそうだ、だって、苗字もなくてクロだけの名前なんて人は初めて出会ったから。

クロは少し寂しそうにするも、今度は俺に突拍子もないことを言ってきた。

「ねぇねぇあかり!明日は俺と遊園地行こ!」

「その距離感バグってるのは何ですか?」

俺の質問に「えへへ」と笑ってごまかすクロ。
…そんなことより、なんだって?明日遊園地に…?

「だめですよ。明日も仕事なんですから…」

そう言って拒否すればクロはむぅうっと頬を膨らませてきた。

「なんで?そのお仕事は絶対大事なの?俺よりも?
あかりはお仕事好きなの?」

俺は、その言葉にすぐに「はい」とは言えなかった。
その俺の様子を見たのか、クロはこう言ってきた。

「じゃあ俺があかりのお仕事なくしてあげる!いやだったら休めばいいんだ!」

「待っ…、そういうことじゃ…!」

「ええ?何が違うの?だってあかりはお仕事いやなんでしょ?
それにこんなに痩せて…、ちょっとくらい休んでも怒られないよ!
怒られるくらいなら俺がその人を怒ってあげる!
あかりのことは俺が守るよ!」

…自信満々に言うクロに何とか説得し、とにかく明日は仕事がある限り遊べないと伝えてあきらめてもらった。
そもそもこんなに元気なら明日には家に帰ってもらいたい…

俺の顔を見て疲れてることを察したのか、クロは心配そうな顔をしつつも
「俺、もう寝るね。」といってソファの上で横になって寝始めた。

クロの寝息を聞きながら、どんな形であれど家に人がいるのは何年ぶりだろう、と思考に陥りかける。
時計が0時を知らせる鐘を鳴らし、その音でハッとしては慌ててお風呂を済ませて寝る準備に入る。

「おやすみ。クロ。」

pipipipipipipipipipipi…

けたたましい目覚ましの音に意識を覚醒させる。
夢の中で…真っ黒な猫がこちらを見ていた気がする。
そんなくだらないことを考えるも、台所から漂ういい匂いにぎょっとする。

俺、確か一人暮らし…
そう思ったところでハッとする。
そうだ、昨日クロを拾って…
って、そんなことしてる暇はない!今は何時だ!?

慌てて時間を確認すれば、10という文字が目に入る。
10…10!?
出勤時間は6時だ。
しまった、寝過ごした…!いつも目覚ましは間に合うようにかけていたのに…!
焦りながら出勤準備をする俺にひょこっとクロが顔を覗かせてきた。

「おはよう!あかり!今日はお仕事休みだよ!なんならずーっとお休み!
あかりを縛る悪いお仕事は全部やめさせたもん!」

クロの言葉にずるっとスーツがずり落ちる。
…今………、なんて………?

「あかり、だってお仕事好き?って聞いたらあかりが嬉しそうじゃなかったもん。
いやならやめたらいいんだよ!それに俺、あかりのジョーシ、嫌い!

…あかり…、怒った…?」

クロの言葉に怒りを覚えるも、クロの不安げな顔を見てはここで攻めるのは可哀そうかな、と思って首を横に振った。
そんな俺の様子を見てはクロはほっとしたような顔をした。
仕事は…、後々に探せば…どうとでもなるか…。

「じゃあ、あかり!一緒に遊園地行こう!」

こうなったら、どうにでもなれ。
そんな気持ちで昨日俺が作ったパンケーキとクロが作ったスープを食べ、
クロと共に遊園地に向かった。

目的地をスマホで検索し、電車に揺られながらだんだん近づいていく観覧車。
観覧車の所につけばそこはもう遊園地だ。

いつぶりかもわからない遊園地に感嘆の声を上げつつも、クロは念願の遊園地についたことに興奮して
もうすでにテンションがマックスなのが見えた。

クロが真っ先に向かったのはこの遊園地の名物アトラクション。
日本一速いジェットコースターと言われていて、相当怖いらしい。
というのも、ネットで検索した項目しか知らないが…

ともあれ、突然ジェットコースターに向かうクロに焦りつつも追いかけては一緒にジェットコースターに乗った。

カタカタ…カタカタ…と音を立ててゆっくりと進んでいくジェットコースターがこれから来る急展開に対して不安と期待を覚えさせる。
その瞬間

ゴォォォッォォォ!!!

ものすごい音と共にとんでもない速度で降りていく。
周りの人たちが悲鳴を上げる中、俺は声も上げられずにただただ遠心力にぶん回された。
クロは、心底楽しそうに笑いながら両手を上げていた。

ジェットコースターを降りればいつの間にか写真を撮られていたのか、スタッフから写真を手渡された。
クロは楽しそうに笑っているが、俺は…ものすごい変顔で写っていた。

「あはは!あかり変な顔!」

クロはその写真を見ては楽しそうに笑った。
俺はなんだか恥ずかしさとクロの変顔が見たい気持ちに襲われ、クロを引っ張ってジェットコースター乗り場から離れていった。

クロを引っ張っていったのは人気のアトラクション。
トロッコに乗るタイプのお化け屋敷だ。内容は和風で、最後に写真を撮られるそうだ。

「みてみてあかり!いろんな怖そうなのがあるよ!」

「…そうですね。」

クロは純粋に目をキラキラとさせてあたりを見渡しているが、俺はクロをどう驚かせてやろうかと思案していた。

あっという間に俺たちの番が来た。
トロッコに乗ればギシギシと心もとない音が聞こえた。

ガタガタと音を立てて動き出すトロッコを見て楽しそうに笑うクロ。
これからこの笑顔が恐怖に歪むのかと思うと少しだけ笑ってしまった。

…結局、クロは見事におびえすぎて変顔を写真で撮られていた。
当の俺はお化けよりも怖いものを知っているため、わりと余裕で写真に撮られていた。何ならピースもしている。

「クロも変な顔してるなぁ~(笑」

クロにからかわれた分からかいかえし、二人でお互いの変顔に笑いあった。

ひとしきり二人で笑いあった後、メリーゴーランドに乗った。
ここでは写真は撮られないが、子供たちに人気で、周りは親子連れでいっぱいだった。

俺は馬車、クロはユニコーンに乗りながら周りの親子連れに交じってくるくると回った。

…何度か回ってるうちに酔ってたのか、メリーゴーランドから降りればふらふらと足がふらついた。
それを見たクロにエスコートされ、その完璧さに俺が女だったら惚れてたな…とうっすら思った。

しばらくして俺の体調が治ったころ、最後にご飯食べようか、とクロに提案されてはフードコートに向かった。

ハンバーグ、定食、ラーメン、ホットドッグ…
様々なメニューがあって選べない。
しばらくの葛藤の末、俺はハンバーグ定食、クロはホットドッグにした。

注文してお金を払い、貰った料理のトレイを手に持ちながら人がそこそこいる自由席の中の一角の場所をとる。

二人でご飯を食べながら、こんな風に誰かと、それこそご飯を食べたり遊園地に行ったりするのはいつぶりだろうか…
と考える。少なくとも、俺の覚えている限りではここ5年くらいはなかったはずだ。

そんな俺の心情を知ってか知らずか、クロはとても楽しそうに俺のことを見ながらこう言った。

「俺を遊園地に連れてきてくれてありがとう!こんなに楽しいとは思わなかった!
また来ようね!」

ここの遊園地は夜に花火が打ち上げられるらしい。
だが、お互いの疲れもあってか、今日は解散することにした。

クロは「花火…かぁ…、見たかったな」と少し名残惜し気に言うが、俺はまた来た時に見よう、と声をかけた。

クロは、少し困ったような顔をして、でもすぐに嬉しそうに笑って「…うん」と頷いた。

満足するまで遊園地を堪能しきり、もう夕方だ、という時にクロはこう言った。

「楽しい時間ってあっという間だね…
ねえ、あかり。俺、あかりと出会えてすごくうれしいよ。
俺、あかりの所にまた泊まりたい。」

クロの言葉に俺は二つ返事で了承した。
正直、自分もクロと一緒にいて楽しくて、もっとクロのことを知りたい、と思ったからだ。

「あのね、あかり…」

帰り道を歩いてると突然クロが声をかけてきた。
何だろう、と思いつつもクロの顔を見れば、真剣な顔をしている。

「俺ね、本当は…誰かのクローンなんだ。
ホントはね、ここにいちゃいけない。
人間のクローン実験の結果は…たとえ成功作品でも、あっちゃいけない。
でも、俺は…その実験の結果、生まれたんだ。

俺もね、最初は信じられなくて…、人の体に慣れなくて、なんでもしたよ。
泣いたし暴れたし叫んだ。
でも、俺、あかりに助けられたから、あかりに会いたかったから…
来ちゃったんだ。

俺がまだ人の体になれなかったころ、まだ猫だったころ…
おれが車に轢かれそうになったとき、
あかりが俺を抱きかかえて助けてくれたんだ。

あかり、俺ね、家を抜け出してあかりのとこに来れてよかった。
ずっと恩返し、したかったんだ。

…人間のクローンの寿命って三日も持たないんだ。
俺は、一日目に抜け出して、さまよって、あかりと出会えたんだ。
二日目の今日、あかりと沢山楽しい思い出作れた。
そして…、明日。俺は、クローン研究所を爆破しに行くよ。
同じ過ちが繰り返されないように、ね。
爆破するのは簡単だよ。
施設の奥に、いざという時の爆破ボタンがあることも知ってる。

…うん、大丈夫だよ。」

突然のあまりにもファンタジーな話についていけない。
でも…、そう言ったクロの顔は、決意に満ちていて、その顔が真実を告げていた。

クロの話が本当なら、確かに人道に反していて、許されることではない。
クロの話が本当なら、明日、クロは死んでしまう。

あまりにも信じがたくて、でも、クロの顔は本気で。
もし、もし本当なら…、クロと離れてしまう。
それに…、俺がクロを助けた?
クロは…猫だったって…?
とても、信じられない。
でも、この一日だけでクロとは何年も一緒に居たかのように感じた。

寂しいな。

ふと、そんな気持ちが俺の心によぎる。
その気持ちをごまかすように、クロは、今ここで生きてる、と確かめるように手を握る。

その手は、とても暖かく、たとえクローンだとしても、ここにちゃんと意思を持って生きていることを証明していた。

「…一日しかいなかったのに、こんなに落ち着くなんて、不思議だな」

あっという間に家についた。

あれからお互いにあまり話すことはなく、ご飯を食べてはお風呂に入り、二人でベッドに入った。

「ねえ、希望的観測のお話知ってる?」

なかなか眠れないながらに目を閉じていればクロに声をかけられた。
希望的観測?知らない、と答えればクロは目を細めて笑いながら答えた。

「昔々、ある星で一人の天才の医者が禁忌を犯しました。
それはアンドロイドに人間の魂を与えること。
アンドロイドも心がなければただの機械だけど、心を持っちゃえば同じ人間だと判断されたんだよ。
…まるで、クローンの俺みたいだよね。

…それで、天才の医者は結局住んでる地域の人たちから反感を買って死んじゃうんだ。
でも、その医者が作ったアンドロイドは医者の手で、誰かに破壊される前にほかの星に移動されたんだって。

そのアンドロイドは今もどこかの星で生きている…
そう考えたらさ、クローンの俺も、一回死んだとしてもまた…、
また、あかりの所に戻ってこれるよね」

そういいながらクロは俺の頭を撫でてきた。

「あかり、今までありがとう。
あかりに出会えて、本当に良かった。」

…いつの間にか眠っていたらしい、起きた時には既にクロはいなかった。

朝ごはんが置いてある。
「今までありがとう。これからは無理せずに働くんだよ。
すぐ帰ってくるからね byクロ」

…俺は、嘘をついた。
何がすぐ帰る、だ。

研究所を爆破させるには、研究所の奥深くまで行って、自爆しなければならないのに。

逃げるのは…ほぼ不可能。

でも、…迷いはないよ。
この写真は、俺のお守り。

さよなら。あかり。

「クロ、久しぶりだね。」

決意に満ちた俺を引き止める声が1つ。
…邪魔だ、…俺はやることがあるんだ。

「ねえ、ここを爆破するんでしょう?
…そんな事、しなくてもいいのに。」

どういう意味だ?
そう問えば、目の前の「オリジナル」は儚げに笑う。

「今日が3日目だけど、この2日間、お前は強く行きたいと願うほどの出来事があったんだろう。
…こっちにおいで。大丈夫、とって食いやしないさ。
俺と少し話をしよう。」

…この「オリジナル」はいくつもの「クローン」を作ってきた。今更、「クローン」に思うことなんかないはずなのに、彼の表情はどこまでも優しい。

言われるがままに「オリジナル」が座っているベッドの隣に座る。
すると、「オリジナル」は俺の事を抱きしめてきた。
びく、と体が強ばる。

「たくさん辛い目に合わせてごめんね。
俺は、クロに生きて欲しい。
そう思って、父さんたちに頼んだんだ。
俺の愛猫であるクロを救って欲しいって。
父さんたちは、俺がいつこの病気で眠って戻らぬ人になるか分からなかったから、寂しさを埋めるために沢山のクロを作ってくれた。
でも、その道はなかなか難儀だった。
何度も失敗して、何度も犠牲を出して…
…酷い人だよね、ごめんね。」

そういう目の前の「オリジナル」はどこまでも優しく俺を見てくる。
それはもう、疑う余地すら許さないほどに。

「クロ、俺は君に希望的観測の話を少し前に話したね。
……本当はね、アルクもドクターも、救われたんだよ。
方々に散らばったアルクはとある世界で全て回収され、完全に負のループから抜け出した。
ドクターは…、そんなアルクを見て、微笑んだんだ。自分の犯した過ちは消えることはない。
でも、過ちを犯したからと言って幸せになれないわけじゃないんだよ。

…ねえ、もしも…、まだ生きれるって言ったら

生きたい?」

そんなの、当然だ。
考える素振りも見せずに直ぐに「生きたい」と答えれば、「オリジナル」は嬉しそうに笑った。

「クロならそう言ってくれると思った。
俺はね、もう終末の世界に行ってしまうけれど、この体だけはここに残していくんだ。
…父さんたちにも話は通してある。
ね、クロ。ここで生きて。
俺を、俺の体を、クロの幸せで満たして欲しい。」

何を、言ってるのか分からなかった。
でも、「オリジナル」は俺の幸せを思ってて、それで、体をくれて…。
あかりと、生きれる。
それなら、悪いことなんかない。爆破する理由も…ない。

今日の夜、「オリジナル」が完全に脳死したあと。
俺と「オリジナル」は施術を受けることになった。
「オリジナル」は最後まで、俺の事を気にかけてくれた。

改めて、博士…じゃなくて「お父さん」とも顔を合わせて、事情を知っている「お父さん」は俺らの事を優しく撫でてくれた。

「それじゃあ、またね。父さん、クロ。
俺はここに居なくても、ずっと見守ってるから。
約束だよ」

そう言って眠るように安らかに脳死した「オリジナル」。

ついに、施術が始まるんだ。

……結果、施術は無事成功。
生きている体に俺を、死んだ体に脳死した「オリジナル」を入れ替えたことで、俺は完全に生き、そして「オリジナル」は明確な死を迎えられた。

さあ、あかりの元へ帰ろう。
「お父さん」達にもまた会いに来るよ。
だって俺は、「お父さん」達の息子で、唯一の成功作品だから!

ぱらぱら、ぱらぱら、とあかりの元へ帰る俺の後ろで、きれいな花火が打ちあがっていた。

「あかり、おそくなってごめんね、丁度花火が打ちあがっているんだ!一緒に見に行こうよ!」

あとがき

お疲れ様でした。どうも、花の月です。


こちらはクロの前世が判明し、且つ「オリジナル」と出会い、生還したエンドになります。

書きたいとこをどんどん書いてくうちにいつの間にか生還してました。やったね!

「オリジナル」と出会える日も案外近いのかもしれません。
その時はまたよろしくどうぞ!

ご閲覧ありがとうございました!

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花の月

小さいころから絵を描くのが好きでした。 淡い色の絵が好きなのですが、自分自身は全体的にキラキラした絵が得意です 喉から手が出るほど創作が好きで、創作話を聞くのも書くのも楽しいです。 1枚1枚魂込めて描きますので、少しでも楽しんでいただけると幸いです。

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