アナタの忘れ物は夢ですか? 20

 夕飯を食べ終え一通り用事を済まし自室へ戻る、取り掛かっていた課題の続きをしようと、机に向かったちょうどその時だった。ノックの音が聞こえドアを振り返る。机から離れ鍵を開けドアを開くと、幸が画用紙らしきものを片手に立っていた。

「入っても大丈夫?」

 一度部屋を振り返ってから、あぁ、とだけ短く返す。俺が部屋に招くと早速画用紙を広げ、これ、描いたの! と子供のように無邪気に笑う。別に見せに来なくてもいいのに、と思わず苦笑してから手渡された絵に目を落とした。

「へぇ、今回は風景画か」

 素人の俺からしたらある程度描けているように見える、透明水彩だろうか? 水彩本来の淡い感じもよく出てるし、そこまでデッサンが狂ってるようには見えない。なんて上から目線で評価してみたものの、俺は背景や風景はからっきしだから、そもそも挑戦したこと自体を褒めてやりたい。よく描けてると思う、心配そうに俺を見ていた幸に、率直な感想を伝えると、ぱぁっと目を輝かせる。

「何回か描き直して、ようやく上手くいったの! 褒めてもらえて嬉しい!」

 褒めてもらえて嬉しい、か、別に悪いわけじゃないんだが、褒められる事を目的に絵を描いてほしくない。認められたり、褒められたり、それだけを考えるなよ? と念押しすると、人に評価されることじゃなく、自分の感覚を大事に、でしょ? と返された。

「少しずつだけど、描けるようになってきたのが嬉しいの、でもなにより、君が私の絵を見て、ちゃんと感想を言ってくれるのが一番嬉しいかもしれない」

 どうして? 純粋に疑問に思い尋ねると、絵を見るのも辛い時があったじゃない? でも今は、私の絵をちゃんと見てくれるから、どこか照れたように笑いながら幸が答えた。

「そんなにちゃんと私の絵と向き合ってくれる君が、自分の描いた絵に自信が持てなかったり、駄目だと思って破って捨てちゃったりするのは、やっぱりなんか、辛いよ」

 さっきまで笑っていたのに、今度はどこか辛そうに、しょんぼりと肩を落としている。今まで絵を描いてきたのは、他でもない自分の為だった筈だった、でもいつしか誰かに評価される事ばかりに目を向けて、誰かに見せるための絵を描き続けていた。誰かに認められたくて、褒められたくて、そればかりに目を向けた絵は、空っぽだった。

「これはあくまで俺の意見だから、最悪聞かなくてもいい。俺は、絵とかそういう、創作物っていうのかな、そういうのは本当は作った奴の為だけの作品でもいいと思う。別に誰に評価されなくても、褒められなくても、本人が満足いけばそれでいいんだ」

 上手くいったら褒めてほしい、折角作ったんだから見てほしい、ってのは作り手のわがままでしかない。とある作家は何年も何十年も、一人きりで自分の為の作品を作り続けたと聞いた。その作家の絵をネットで見たが、特別上手いとは言い切れなかった。でも、本来の創作っていうのは、そう言うもんじゃないんだろうか。

「誰かの為じゃなく、自分の為の、かぁ。ちょっと私には自信ないかも」

 やっぱり私は、見てくれる誰かがいて、初めて創作って報われると思うんだ。幸のその言葉に俺は曖昧に首を振った。肯定とも否定ともつかない、そんな俺を見て苦笑している。

「じゃあ、おやすみ、また明日」

 どこか寂しそうに笑いながら、幸が画用紙片手に出ていった。ふと山のように積み上げられた課題に目をやってまたため息をつく。大人しく机の前に座ると、また課題に取り掛かった。

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猫人

はじめまして、猫人と申します。映画鑑賞、小説を書く事、絵を描く事、ゲームするのが好きです。見たり読んだりするのはオカルト関連ですが、執筆するのはSFと言うなんとも不思議な事がよく起こっています。ダークだったり、毒のある作品が大好きです。

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