
「レ・ミゼラブル」の完訳に挑戦してみた記録。一番手に入りやすい新潮版で。
1巻 2025/10/03
一巻はジャンの市長なりすましがバレるまでと、ファンティーヌの死亡まで。ここまででかなり壮絶な展開で、フランス文学の名作というのもわかる。新潮を選んだのはインパクトという点では正解かも。
序盤のジャン凶悪だな〜抄訳でやさしい爺さんぶりを知ってると面食らう。そりゃあみんなに恐れられるわけだよな、みたいな凶悪犯として描かれている。ただ、彼の凶悪さって結局は貧困じゃないの?みたいなのはある。
ファンティーヌは孕まされた男に捨てられてコゼットを育てるが、いじわる一家に預けることになったのが運の尽きというか、元から運が悪いというか。子供時代のコゼットが捻くれてそうなのも分かる。
ファンティーヌとジャンってつながりがあったのね。コゼットとジャンの関係性は母親からということか。
ファンティーヌの堕落っぷりがキツい。最後は売春までにたどり着くのが女性的であり、時代的でもある。コゼット関係なしにジャンの存在が救いだと思いたい。
コゼットの虐待描写は思ったよりあっさりしていたわけだが、これってアニメだと結構長くなるということかな…
ジャンは市長になりすましていたわけだが、逆に言えばカミングアウトしなければバレないくらいには普通を装っていたんだな… そこから捕まったジャンが脱獄するのが新潮版1巻のラスト。2巻でコゼットと会えるか?
2巻 2025/10/07
2巻はジャンとコゼットの出会いである。召使いであったコゼットを救ったジャン。コゼットも少しずつ元気になっていく。ジャンは地位は捨てたが、金はあったということで、ファンティーヌの遺言からコゼットを支援することとなる。
初めて自分のもの(人形)を手にしたコゼットの嬉しさよ。微笑みが頭に浮かぶよ…。コゼットにとってジャンはファンティーヌに代わる親。実質的に初めての親である。
コゼットの認識ではファンティーヌには捨てられたかもしれないが、ファンティーヌの遺志を継いだのがジャン。遠くの身内より近くの他人…みたいな話になっている気もするが。
というか、コゼットをこき使っていた女将はその後どうなったんだろうな…自滅?
3~4巻 ~2025/10/10
3巻でマリユス登場と、成長後のコゼットの登場。コゼットをこき使っていた女将のその後は店がつぶれた模様。夫の方に一波乱あり。
マリユスは思ったより普通の青年。もっと優しい男だと思ってたけども普通に人間らしい。コゼットに惹かれていくときの感情もリアルなのだ。マリユスはコゼットを最初観たとき美しくはない、とした。けれどもコゼットにどんどん惹かれていく…理屈ではない。
大きくなったコゼットの美しさが目に浮かぶ。それがマリユス視点から理解できる。きっとふわふわした外見なのだろうな…。
あとはエポニーヌの叶わぬ恋。彼女はずるをしてマリユスを振り向かせようとしたが叶わず。それでも彼女の感情がごく純粋なものに思えたことがとても不思議だ。おそらく、理由は最期のマリユスとの会話にあると思う。
4巻の終わりの時点では、マリユスとコゼットのすれ違いが描かれる。児童書でオチは知ってるとはいえ、むずむずするな…。
さて、後1巻。どうなるか… マリユスとコゼットはどう結ばれるか?
5巻 2025/10/11
ジャンは赦されたか?と思いたくなる結末だった。主人公が死ぬという結末は赦された予知があるから後味が悪く感じないけれども、もしジャンがマリユスに赦されなかったら?と思うと少し怖い結末。 それでもジャンの最期は幸せだったと思う。娘に看取られ、娘の夫にも赦されて逝くことができたから。それでもジャンがあれそれの前科を悔やんでいるかもしれない…という感覚は否定できないが。
マリユスがジャンの素性を知るのは結構後半になってからだ。しかしマリユスが最終的に出した結論は「自分の愛したコゼットをここまで育て上げた父親」だった。つまり、マリユスはジャンを憎むことができなかった。
最終巻で一番可哀想だったキャラクターはコゼットではないだろうか。彼女はジャンの前科を最後まで知らなかった可能性が高い。後々マリユスから教えられた可能性も否定できないが、マリユスの性格から考えてどうだろうか?
「レ・ミゼラブル」はいわゆる群像劇だ。大きく分類するにジャン、コゼット、マリユスの三人の話がメインとなっている。一番メインであるジャンの人生をベースにコゼットがジャンに救われ、マリユスはコゼットと恋に落ちる、といった具合。 マリユス×コゼットの恋模様にもジャンが関わってくるからこそ面白い。
大人になったコゼットは綺麗なんだろうなと思う。マリユスは最初そこまで綺麗ではないと形容したが、ジャンが親代わりになったから、気品がないわけがない。とてもテナルディエ家でこき使われていたとは思えない。 親ばかなジャンと彼女にデレデレなマリユスに挟まれるコゼットは少し面白い。
タイトルの由来は「みじめな人々」であるが、一番みじめだと感じた人物はテナルディエ夫妻である。いや、そういう意味の「みじめ」ではないとは分かっているが、夫妻ともにかなり悲惨な最期を迎えているわけで…。
5巻の地下水道の話は蛇足だとは言われるが、当時の衛生事情に関心がある人間としては割と楽しく読めた。だってトイレがない時代ですよ?
フランス文学ということで、「家なき子」を読んだときの知識がある程度活用された…というか、被る地名が多い事。 たぶん自分が読んだ小説でシリーズ物を除き最長だとは思うが、とても楽しく読めた(読み応えがあった)たぶんジャン・バルジャンという人間の半生という執念がぎゅっと濃縮されていたからだろう。
