青森県

漢字の由来

青森県の由来は、江戸時代初期(1624年頃)の「青森」という地名に由来しています。

当時の青森市本町付近に青々とした松の森がありました。

そこが港に入る船の目印(森)になっていたことから「青い森」から「青森」と呼ばれるようになりました。

「青い森」が目印
当時は、港の近くにあった海からの戻りの目印となる青い森が「青森」の由来です。
弘前藩による命名
1624年(寛永元年)、弘前藩(津軽藩)の2代目藩主・津軽信枚(つがるのぶひら)がこの地を開発する際に、漁師たちが呼んでいた「青森」として開港したのが、地名となりました。
明治の県名採用
1871年(明治4年)の廃藩置県の後、同年9月に県庁所在地が弘前町から青森町へ移転した際に「青森」という名前がそのまま県名に採用されたのです。

歴史

青森は、縄文時代の三内丸山遺跡(世界遺産)に代表される古代からの定住文化を持ちます。

中世は、南部氏や津軽氏が割拠した地域です。

江戸時代には、弘前藩が成立し、青森港が整備され「みなとまち」として発展していきました。

明治以降は県庁所在地となり、戦災や大火を乗り越え現在に至りました。

自然と文化が融合した歴史の深い地域です。

縄文文化の宝庫
三内丸山遺跡(青森市)や堤川石器時代遺跡(八戸市)など、定住生活の跡が残る世界遺産となっています。
中世・戦国時代
北部は南部氏で、西側は津軽氏が支配していました。各地に三戸城や根城などの城跡が残っています。
江戸時代・青森町の成立
1626年には、弘前藩主・津軽信枚が森山弥七郎に命じて青森町を開発しました。
北前船の寄港地(きこうち)として発展していきました。
近代と文化
弘前城(東北唯一の現在天守)、太宰治の生家「斜陽館」、津軽塗などの伝統工芸が息づく。

津軽地方(弘前・青森)
江戸時代は、弘前藩が支配していました。町人文化と津軽三味線などの芸術が発展しました。
南部地方(八戸)
根城を拠点とした南部氏の歴史が強く、八戸港を中心に商業が発展していきました。
まとめ
青森は、厳しい自然環境(雪)と向き合いながら、「こぎん刺し」のような独自の民俗文化を育んできた土地でもあります。

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