漢字の由来
石川県の県名は、かつて加賀地方に存在していた「石川郡」に由来しています。
石川という地名は、同郡を流れる手取川が上流から多くの石を流す「石の多い川」であったことに由来しています。
川の古名や周辺の地名がそのまま県名に採用されました。
名前の由来
「石」が「多い」「川」という地理的特徴がそのまま地名になったものです。
県名の採用
1872年(明治5年)の廃藩置県の後に、金沢県庁が石川郡美川町(現在の白山市)に移転した際に、その郡名(石川郡)をとり「石川県」と改称になりました。
歴史的背景
石川の名称は古くから存在し、古代の「石川郷」にまで遡ります。
歴史
石川県は、江戸時代に加賀藩前田家が治めた「加賀百万石」の城下町・金沢を中心に、伝統工芸(輪島塗『わじまぬり』、九谷焼など)や茶の湯文化が栄えた地域になりました。
戦国時代は「一向一揆」の拠点となり、明治時代の廃藩置県で金沢県から石川県に改称され、現在の県域が定着しました。
古代・中世
能登・加賀・越中の地域は交通の要衝で、能登は大陸の交流拠点です。
室町時代には一向宗(浄土真宗)の力が強まりました。
1488年からの約100年間は「百姓の持ちたる国」と呼ばれている自治が行われていました。
近世(加賀百万石)
前田利家が織田信長と豊臣秀吉の信頼を得て能登・加賀を治めました。
金沢は江戸・大阪・京都に並ぶ巨大な城下町へと発展していきました。
金沢城を中心に文化・工芸が奨励され、現代にまで続く「工芸王国」の基礎が築かれました。
近代・現代
明治時代、廃藩置県を経て1872年に石川県が設置され、1873年には県庁が金沢に置かれました。
また、近代日本を支えた多くの学者と哲学者を輩出し、学術の面でも発展していきました。
歴史的スポット
金沢城公園・兼六園
江戸時代から続く前田家の居城と大名庭園。
安宅の関(小松市)
歌舞伎「勧進帳(かんじんちょう)」の舞台として知られる関所跡になります。
輪島・珠洲(能登半島)
古くから珠洲など独自の工芸文化が栄えた地域です。
