アダムはいなかった 「覚悟」1

「さて……それじゃあ兄さん、多分かなり揺れると思うから抱えるね。瓶が割れないようにだけ祈っておいて」

『は……何、するつもりだ?』

「そりゃあ今の私、すっかり忘れてたけど不死だし。無理やりにでも、ジェイドのところに転移しようと思って」

『な、なるほど……いい、のか?』

「ここでやっぱ行かない、なんて言ったら兄さん怒るでしょ。そういう決意が揺らぎそうなこと言わないで、これでもかなり怖いんだから」

 軽くストレッチをして、いつも腰につけているポーチを抱え込んだ。ほんの少し迷ったが、あえて銃は置いていくことにする。

「……私ね、今まで誰にも言ってなかったけど……方舟の外を、旅してみたいって夢があるんだ。今までは叶うわけないって諦めてたんだ、だって外に出られる日なんて来ないと思ってたし。
 でも……そうだね。私後悔したくない。ちょっと前にもそう思ったはずだったんだけど、はは……情けないなあ。
 思い出させてくれて、ありがとう。私、もう少し足掻いてみようと思う」

『礼なんてのは、全部終わってから言うもんだ。まだ何も解決してねえからな!』

「そりゃそうだ! それじゃあ行くよ、割れそうだったら叫んどいて! 私も叫ぶから」

『オイ、まったく意味ねえだろそれ!』

 あはは、と今こうして笑えるのは、きっと二人のおかげだ。だから、少なくとも今は……死にたいだとか生きたいだとか、そういうのは一旦考えないことにする。そう決めて、イヴへと呼びかけ転移を開始、して。

 移動が始まった途端、私の全身を無数の見えない刃が襲った。

「ッぐ……あ、ぎ……!」

 痛い、痛い痛い痛い。お前は本来、招かれるべき客ではないと。戻れ、転移をやめると言えと。そんな無言の圧を感じて、目尻にじわりと滲むものがある。

『希空、大丈夫かとは言わねえぞ! 実際やばいよなそれ!』

「そ、そりゃあね……! めちゃくちゃきつい!」

 だって肌が切れ、血が噴き出してすぐに塞がる無限ループだ。もはや痛いのか熱いのか分からないほどのそれは、出血もだがいつ終わるか分からない上、上下左右の感覚もなく。ただ白い空間の中、ひたすら痛みに耐えねばならないこの時間に、気が触れそうになるけれど。

 目を一度、強く閉じる。こめかみが切れ、すぐさま再生される感覚。次は喉元。一瞬声が出なくなった。そしてアレクを抱えた、両腕。

 正直つらい。アレクを放り投げ、頭を庇って丸くなりたい気持ちもある。それでも、ああそれでも!

「こちとら! 何度……ッげほ、死にたさに耐えてきたと思ってるんですか……!」

 今まで負った傷を思う。もちろん心のそれだったけれど。体が傷付くだけならば、終わりがある以上耐えられる。むしろすぐさま塞がるのだから、こっちの方がまだマシというものだ!

 息を吸った。痛みで乱れた呼吸を整え、目を——開く。

 ——足の裏に、硬い感触があった。

 いつの間にか、世界には夜が来ていたらしい。随分と光量の落ちた太陽が、すぐそばに鎮座するここは——方舟における、最も重要な場所であり。光を辺りに届けるため、一面ガラス張りの「太陽の間」だ。

 辺りを見回し、ポーチを腰に着け直す。瓶の感触がしっかり残っているため、おそらくアレクは無事だろうが——眠っているのか、声を上げる気配はない。

 そして、「太陽」のそばに呆然と立つジェイドと、その足元に転がったサイラスを見つける。なんとかまだ、生きているようだ。

「お前……どうやって」

「無理やり転移してきました。おかげですっかり、服が傷だらけです」

「無茶を言え、そんなこと不死でもなければ……ああ、なるほどな。それほどまでに情を抱いたか、アダム」

「……希、空……? っぐ、ぃ、っ」

 私が動けない間、痛めつけられ続けたのだろう。ボロボロになったサイラスが、私を呼んで踏みつけられる。

「……はい、私です。迎えに来ましたよ、サイラス」

 今日ここで、何もかも終わらせるべきだ。だってそのために、私はここにやって来たのだから。

  • 0
  • 0
  • 0

静海

小説を書くこととゲームで遊ぶことが趣味です。ファンタジーと悲恋と、人の姿をした人ではないものが好き。 ノベルゲームやイラスト、簡単な動画作成など色々やってきました。小説やゲームについての記事を書いていこうと思います。

作者のページを見る

寄付について

「novalue」は、‟一人ひとりが自分らしく働ける社会”の実現を目指す、
就労継続支援B型事業所manabyCREATORSが運営するWebメディアです。

当メディアの運営は、活動に賛同してくださる寄付者様の協賛によって成り立っており、
広告記事の掲載先をお探しの企業様や寄付者様を随時、募集しております。

寄付についてのご案内