アダムはいなかった 「覚悟」3

 ……小柄な私と成人男性が戦うにあたり、体重やリーチに関しては間違いなく負ける。いくら私が死なないとはいえ、攻撃をまともに受け続けていたらたまったものではない。となればひたすら、避けながら攻撃を叩き込むしかないわけで。

 転んだ拍子に手を離したのだろう、私の足元に転がってきた銃を部屋の隅に放っておく。真四角の部屋とはいえ、一辺十メートルは下らない場所だ。これで彼の銃は、実質封じたと言ってもいい。

「サイラス、生きてますか」

 起き上がれずにもがいているジェイドを横目に、サイラスを抱き起こす。閉じられていた目が薄く、開かれて私を映した。

「……そこは、死んでますかって訊いてほしかったかな……」

 注文の多いやつめ。出会った時と言っていることが逆じゃないか。

「生きていてほしいから言うんです。いけませんか」

「……無理だよ、僕の気持ちは変わらない。何よりも君のために死ねるんだ、それ以上の喜びはないね」

「私と一緒に、生きてほしいと言ってもですか」

 彼の目が、ほんの少しだけ見開かれた。

「どう、したんだい……? 今までそんなこと、一度も」

「そりゃあ、さっき思いついたので。考えたんですけど、今から二千年以上前に……いつか生まれる私のことを待ち始めたってことは、ですよ。
 寂しかったんじゃ、ないんですか。感情だって元からあったけど、寂しいから考えないふりをしていた。違いますか」

 否定の声は上がらない。ふらつきながらも起き上がったジェイドから、サイラスを庇うようにして——私もまた、立ち上がった。

「考えておいてください。私もあなたのことを愛している……なんてことは全然ないんですが、私も寂しかったのは、確かな事実なので」

「……は、はは……そこは嘘でも、愛してるって言ってくれた方が……僕としては、嬉しかったかな……」

「嘘は言えません。だって不誠実でしょう、これからもずっと一緒にいる、のに!」

 ジェイドがこちらへと駆け出すのを合図に、私もまた強く地を蹴った。もしこれが、少年マンガの世界なら——正々堂々、正面から拳をぶつけ合うような展開だったのだろうが。

 走りながら、右袖のナイフを逆手に構える。肉薄の瞬間まで隠していたそれを、あえて「太陽」に反射するよう振りかぶった。

 一瞬見えたきらめきに、ジェイドの意識がそちらへと向く。力だけの拳が、私の左こめかみを撃ったけれど——もう、遅い。

 どづ、と鈍い音がした。ジェイドの肩口に、刃が深く突き刺さる。

「お前、ッ丸腰じゃ……!」

「何を言ってるんですか、さすがにそこまで馬鹿なつもりはないです。
 ……卑怯と言うならいくらでもどうぞ。自覚はありますから」

 いくら小型ナイフとはいえ、切れ味は馬鹿にならない。皮を裂き、肉を断つその感覚に眉をひそめながらも、えぐるように下へ引き切った。

 悲鳴と共に、血がしぶく。ジェイドが床に膝をついた。

「……事実改変についての、イヴの力を停止させてください」

 血が滴り落ちるナイフを、ジェイドの眼前に突きつける。脅し程度にはなるだろう。

「そんなことを、して……なんになると、言うんだ」

「少なくとも、あなたがしたことは明るみに出ます。だから今までしたことを、きちんと償ってください」

 ジェイドは何も答えない。首を垂れたまま、浅くはないだろう傷を押さえて——荒い息を繰り返すばかりだった。

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静海

小説を書くこととゲームで遊ぶことが趣味です。ファンタジーと悲恋と、人の姿をした人ではないものが好き。 ノベルゲームやイラスト、簡単な動画作成など色々やってきました。小説やゲームについての記事を書いていこうと思います。

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