アダムはいなかった 「贖罪」4

「すまなかった。これで許されるとは思っていないが……どうか、謝らせてほしい」

「……だってさ。どうしようね、希空」

「どうするも何も……あなたの誠意は、確かに見せてもらいましたから。また何か、よからぬことを企まない限りは何も」

「……言っておくけど、僕は助け舟とか出してあげないよ。言いたいことがあるのなら、ちゃんと言うべきだと思うなあ」

 言われて少し、ジェイドは黙り込んでいたが——やがて意を決したように、口を開く。

「……お前たちのことが、ずっと憎かった」

「はい」

「だが、周りにも言った通りそれは逆恨みだ。実際死にかけた俺のことも、サイラスは助け出してくれたし……何より俺の命を奪うことなく、イヴに別れも告げさせてくれた」

「うん、だってイヴに泣かれるの嫌だったからね」

「……希空。今まで散々、お前の心を傷つけて……その上殺しをほぼ全て、お前に押し付けていたこと、本当にすまなかった」

 んー、とサイラスが唇を尖らせる。惜しいんだよなあ、とどこかとぼけたように、私の方に視線を向けて。

「そうですね。あなたが言いたいのも言われたいのも、きっとそれじゃないと思いますけど」

「ぐ……だが、どう言えばいいか分からない、んだ。
 ……すまない、教えてくれ。この不甲斐ない俺に、どうか」

「……あのね、『父さん』。ずっと思ってたけど、父さんちょっと真面目すぎるんだよ」

 慌てたように、ジェイドが顔を上げた。久しぶりに口にしたその呼称を、むず痒い気持ちで噛み締めながら言葉を選んでいく。

「私ね、父さんがつらくて悲しくて、それでも頑張らなきゃって思ってたのは知ってる。だから私に、家を残してくれたんだろうなとも今では思う。
 ……でもさ、そうじゃないんだよ。もちろん住む場所がなくなるのはつらいけどさ、私……母さんはもちろん、父さんといられなくなる方がずっとつらかった。いくら貧しくてもさ、父さんとまたご飯が食べたかった」

 ……だからこれは、死ぬまで口にすることはないと思っていた本音だった。

 声が震える。少しだけ、目尻に涙がにじんだ。サイラスが私の手を、そっと握ってそっぽを向いた。

「だから……謝るなら、今の私じゃなくて昔の私に謝って。傷つけてごめんねって。抱きしめてあげて、頭を撫でてあげて。
 ……それだけずっと、つらかったんだよ。父さんも母さんも一気に、いなくなっちゃった『私』からしたらさ」

「……ッ、希空……!」

 だから。手を広げ、けれど抱きしめていいのか分からないのか、おろおろするジェイドに「そういうところだよ」と。サイラスが告げ、手を離したのを合図にして。

「……すまなかった。つらかったな、寂しかったな。怒ってごめん、俺が悪かった……!」

 私を抱きしめ、ジェイドがぎこちなく頭を撫でる。涙をこらえ切ることは、さすがにできそうもなかった。

「……ッ、父さんのばか。ずっとずっと、私……何回も、何回も! いつか優しい父さんに戻ってくれるかもしれないって、がんばってがんばって……ずっと、がんばったのに」

「ああ、そうだな……そう、だったな。それを無視し続けたのは俺だ、他の誰でもない……
 ごめんな、ごめんな……希空、ごめん、な……」

 そうしてしばし、私の泣き声だけが空に響き。太陽が少し傾くまで、私たちは抱きしめ合って泣き続けた。

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静海

小説を書くこととゲームで遊ぶことが趣味です。ファンタジーと悲恋と、人の姿をした人ではないものが好き。 ノベルゲームやイラスト、簡単な動画作成など色々やってきました。小説やゲームについての記事を書いていこうと思います。

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