アダムはいなかった 「贖罪」5

 泣き疲れたのか、寝てしまった希空を抱きかかえる。また少し、軽くなってしまっただろうか。

 そしてふと目をやった、ジェイドは立ちっぱなしがつらいのだろう。何度も足踏みを繰り返している辺り、おそらくそこそこ痛いのだろうな、と。

 ……仕方ないので、比較的平らなオブジェを取り出す。それを椅子代わりにして、ジェイドに「座れば?」と声をかけた。

「……ありがとう、サイラス」

「何が? 言っとくけど僕、全面的に希空の味方だからね」

 そんなにしみじみと言われるほど、優しくしてやったつもりはないのだが。よほど足が痛かったんだろうか、運動不足なんじゃないの、なんて。

 言いかけて、ジェイドが目元を拭っていることに気付く。先ほどまで散々泣いていたのに、どうしたんだと声を上げかけて。

「……お前が、促してくれなければ……こうやって希空に寄り添うことも、きっと一生、できなかっただろうから」

 ああもう、この前までの態度はどうしたんだよお前。どうしてこうも、突き放すばかりの僕にまで感謝するんだこいつは。

「……人間の寿命は一瞬だからねえ。まあ希空のためなら、僕はなんだってやるさ。だからその一環だよ、なんにも特別なことはしてない」

 ああそうだ、僕は別に……手を離して、一言彼の前で呟いただけだ。だから恩なんか感じなくていいよ、と冷たくあしらった……つもりなのだが。ジェイドがひどく優しい目で、こちらを見ていることに気付いた。

「……希空のこと、よろしく頼むよ。もう俺は、彼女に父とは呼んでもらえないだろうが……」

「はー……言われなくても、これ以上ないほど幸せにするよ。全ての脅威から守り抜くし、彼女の涙の原因は僕が叩き潰す。
 ……だからさ、ひとつ約束してよ」

「約束……?」

「あ、違う違う。今回は口約束だから。ああいうものに縛られるのはもうたくさん」

 あの時はただ、死にたくて死にたくて仕方なくて……あのような手段を取ってしまったものの。今ではその必要もないのだから、同じことを繰り返す道理はない。

 ……息を吸った。本来なら、僕には必要のない動作。それでも人間には必須で、怠れば命を失うこの動き。

「いつか希空が、家に帰って父さんに会いたい、って行ったらさ。もちろんすぐさま連れてくるつもりだから……そういう寂しいこと、起きてる彼女のそばで絶対言わないで」

 きょとんとした黄金の瞳が、けれどすぐに泣きそうな形へと歪む。そうだな、とまた目元を拭いながら、言うジェイドへと「じゃあもう行くね」と。

「ほら、希空。起きて、そろそろ行かないと日が暮れちゃうよ」

「あ……うん、ごめん寝てた……」

「いいよ、疲れちゃったんだろうしね。
 ……ジェイド、最後に彼女に言うことは?」

 まだ少し眠そうだが、僕の腕から離れ、立ち上がった彼女の前。ジェイドは膝を折り、希空と視線を合わせて、ただ。

「……いつでも帰ってくるといい。行ってらっしゃい、気を付けて」

 そうして彼女が、一瞬きょとんとした後に。浮かべたその笑みが僕に向けてじゃないのは、ちょっとだけ悔しかったけれど——まあいいか、これにて一件落着ということで。

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静海

小説を書くこととゲームで遊ぶことが趣味です。ファンタジーと悲恋と、人の姿をした人ではないものが好き。 ノベルゲームやイラスト、簡単な動画作成など色々やってきました。小説やゲームについての記事を書いていこうと思います。

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