ストーリー
華奢で青白く澄んだ瞳が印象的な女性、マヤ。とてもCIA分析官には見えないいが、情報収集と天才的な感覚を持ち、2003年ビンラディン捜索に巨額の予算をつぎ込みながら、一向に手掛かりをつかめない捜索チームに抜擢された。しかし、捜査は困難を極め、その間も世界中でアルカイダのテロにより多くの血が流されていた。ある日、仕事への情熱で結ばれていた同僚が自爆テロに巻き込れ死んでしまう。その時、マヤの中の何かが一線を超え、もはや狂気をはらんだ執念でターゲットの居場所を絞り込んでいく。ついにマヤは隠れ家を発見するのだが、彼女が断言する確率100%に同意する者はいない。はたして、上層部及び国家が下した決断とは?
2001年9月11日アメリカ同時多発テロ事件以降CIAは何をしていたのか?
2001年9月11日未明、アメリカ同時多発テロが発生、ワールドトレードセンターとアメリカ国防総省本省庁舎ビルにハイジャックされた旅客機が突っ込み総勢2,996人が亡くなった。アメリカはアフガニスタン紛争 (2001年-2021年)د افغانستان کورنۍ جګړهを開始したものの米軍は大量破壊兵器は無く、CIAもビンラディンの行方は掴められなかった。それから事態が動くのは3年後(作中時間)である、主人公であるCIA情報収集分析官であるマヤはCIAパキスタン支局に配属され、パキスタン国内に存在するとされるCIAのBLACK SAITE(ブラックサイト)秘密収容施設内で、アメリカ同時多発テロ事件の資金調達忍とされるアマール(サウジグループ(正式名称 サウディ・ビンラディン・グループ)を拷問の末アブ・アハメド・アル・クワイティが、ビンラディンの主要な連絡係という情報を掴んだ、その後、さらに情報の裏付けをするために、ヨルダン当局によって買収されたアルカーイダの医師と面談し、信頼に足る人物かの判断をし情報を引き出そうとするCIA。しかし2009年12月30日、アフガニスタンのチャップマン基地に現れた医師は偽物で、身体に巻いた爆弾で自爆。CIAは偽情報を摑まされ、これによってCIA局員ジェシカを含め7名が死亡した。さらに、アブ・アフメドがすでに死んでいるという証言が齎される。同僚と手掛りを失い悲嘆に暮れるマヤだったが、部下が偶然にも911後の混乱で分析から漏れた過去のファイルから、アブ・アフメドと一致する人物「イブラヒム・サイード」の情報を発見。またアブ・アフメドの目撃証言と死亡証言の時期が矛盾していることから、死亡が確認されたのはイブラヒムの兄弟であり本人は未だ生きていると訴えるマヤ。懐疑的だった上層部もついに折れる。ダンはアブ・アフメドの親族が住むクウェートに飛び、大金を使ってサイード家の電話番号を突き止める。その後、電話の盗聴から、アブ・アフメドの居所がパキスタンだと特定された。さらに追跡を続け、アブ・アフメドが、パキスタン北部、カイバル・パクトゥンクワ州に位置する都市。同州アボッターバード県の県都であるアボッターバードという町の屋敷に住んでいることが判明した。マヤはこの屋敷にビン・ラディンがいると確信する。2011年5月2日、(「ネプチューン・スピア(海神の槍)作戦名 ”Neptune Spear”が発動され、ビン・ラーディンのコードネーム「ジェロニモ」暗殺作戦が実行された。アメリカ海軍特殊戦開発グループ (DEVGRU),Navy SEALESのチーム6も作戦に参加、デルタフォース(第1特殊部隊デルタ作戦分遣隊)も支援にあたったとされる、隊員たちと情報担当のCIA要員が同乗するヘリは(作中)で「ナイト・ストーカーズ」(第160特殊作戦航空連隊)の隠密作戦用の特殊ないわゆるステルスがたとされるが、やや俺的には懐疑的な部分もあるため、完全ではないであろう?(そもそも、サーモでばれるんじゃね?)のブラックホーク(UH60)2機ととCH-47 チヌーク2機に分乗した。ヘリが現地に到着すると、ビン・ラーディンと、その家族がいると推定された建物の敷地内に、ロープをつたって降下、建物を急襲して2階・3階部分には午前1時ごろ突入した。側近が応戦したが、約40分の銃撃戦ののち邸宅を制圧した。ビン・ラーディンは武器を持っておらず、応戦したともしなかったとも報じられ、頭部と胸部を撃ちぬかれ死亡。米軍は遺体を収容した。他に後に、ハリド・ビン・ラーディンと判明するビン・ラーディンの子息と思われる20歳の男性、また別に兄弟2人の男性と1人の女性も死亡。女性は夫人の1人と報じられたが、後に「別人で夫人は負傷した」と訂正された。その死はパキスタン政府当局によっても確認されている。作戦後、妻のハイリア・サバルを含む親族複数名が拘束・連行された。アメリカ軍側に人的損害は出なかった。後に後継者となるハムザ・ビン・ラーディンは確認されなかった。作戦中、ホバリングしていたアメリカ軍のブラックホーク・ヘリコプター1機が揚力を失い墜落したため、爆破処理されるというトラブルはあったが、すぐに代替のチヌーク・ヘリコプターが駆けつけ、プラン変更を行うことで作戦は続行され作戦は完了した。マヤはアフガニスタンのジャラーラーバードの基地で遺体を確認する。最後、輸送機に載るマヤは輸送畿内の軍人に話しかけれるのだが、感極まってかすべてが終わった事を悟った表情をしたまま終始無言でこの作品は幕を閉じた。
ビンラディン殺害後、どうなったか?アメリカは現在も戦争をする国として存在し、戦争は決して無くならない。
ビンラディンは殺害された、その後、アメリカ空母での水葬が行われ、アラビア海に停泊していた空母カール・ヴィンソンに移され、5月2日午前1時10分より、同空母の甲板で50分かけて水葬の儀式が執り行われた。遺体は洗浄し清められ、白い布で包まれ、あらかじめ用意された祈りの言葉が唱えられ、通訳がそれをアラビア語に翻訳した。その後、重しをつけられた遺体袋に入れられ、カール・ヴィンソンにある外舷エレベーターから海に投下された。後の情報公開の中では、機械的なエレベーターではなく、板の上に遺体を載せた後に板を傾けて落としたという。この水葬の模様を捉えた映像は、公開されていない。葬儀の実施については、乗組員のごく一部にしか知らされておらず、艦上で何が行われていたかに気づいている者は少なかった。DNA鑑定による本人確認遺体はアメリカ軍によって、マサチューセッツ州のボストンで脳腫瘍により数年前に死亡しており、FBIがその細胞と血液を保存していたビン・ラーディンの妹[など複数の親族とのDNA型鑑定の照合によりビン・ラーディン本人と確認された。ただしアメリカ軍以外の第三者による遺体確認はされていない。事の顛末はこうだが、アメリカは今後永遠に続くと思われた対テロ戦争に一時的とわいえ終止符を打った。しかし、アメリカは現在もイランに対し武力攻撃を行い、イランも報復攻撃を行い、各国でエネルギー危機が心配されている(もちろん、日本でもプラスチック等の化学加工製品が値上がりしている、ハセガワやバンダイ等のプラモデルも値上がりしてやがる!!)最後にいかかだったでしょうか?まあ、今回も最後まで書いてしまいましたが、細かいところまではいきどどけないので一度なり2度なりこの映画を鑑賞していただけると嬉しいです。現在、DVD等で鑑賞できるのでぜひ興味があるかたは観てください。それではまた!
