マチュピチュはなぜ作られた?5つの説を紹介!

マチュピチュの全景
マチュピチュの全景

こんにちは!きんいろ旅程です。
今回は世界遺産としても有名な遺跡、マチュピチュにクローズアップしていきたいと思います。

みなさんはマチュピチュをご存じですか?
その独特な景観から「天空都市」と呼ばれることもある遺跡ですね。

マチュピチュはインカ帝国の遺跡で、ペルーのアンデス山中ウルバンバ渓谷の尾根の上にあります。インカ帝国の第9代皇帝パチャクティの時代(1540年ごろ)に建設が始められました。最盛期には750人ほどがマチュピチュで生活していたようですが、インカ帝国の滅亡後に廃墟となり、1911年に探検家のハイラム・ビンガムによって発見されるまで、長い間忘れ去られていました。

精巧な技術で築かれた石垣、天文学を意識して配置された太陽の神殿や月の神殿などの神聖な建築物、そしてなにより壮大な眺めで有名です。

険しい山の上に、なぜこのような都市が作られなければならなかったのでしょうか?

インカ帝国は文字を持たなかったため、マチュピチュがどのような目的で作られたのかは定かではありません。研究者の間では、さまざまな説が提唱されていますが、今回はその中から5つの説を紹介します。

どうぞ最後までお付き合いください!

1. インカ最後の都市説

インカ最後の都市説は、マチュピチュを発見した探検家ハイラム・ビンガムが最初に唱えたものです。

ビンガムは、マチュピチュがインカ帝国がスペイン人侵略から逃れた最後の拠点であるビルカバンバであると主張しました。しかし、この説は後に誤りだったことが明らかになりました。ビルカバンバは、マチュピチュから約80キロ西のジャングルにあったと現在では考えられています。

2. 神聖な女子修道院説

神聖な女子修道院説。この説もビンガムが提唱したものです。ビンガムは、マチュピチュで発見された遺骨のほとんどが女性だったことを根拠に、マチュピチュにインカの太陽神インティに仕える「太陽の処女」と呼ばれる女性たちが住んでいたと考えました。

しかし、この説も2000年に破られました。人類学者が遺骨を再調査したところ、男女がほぼ半々だったことが判明したからです。マチュピチュの住民には男性も多かったことが明らかになりました。

3. インカの創造神話を再現説

この説はイタリアの天体物理学者ジュリオ・マグリ氏が2009年に発表したものです。マグリ氏は、マチュピチュはインカの神話を再現した場所だったと主張しました。

インカの神話では、先祖たちはボリビアのチチカカ湖から地下を通って旅を続け、クスコ近くで地上に出たとされています。

マグリ氏の説では、マチュピチュは、崇拝者が先祖のたどった苦しい旅を象徴的に追体験できる巡礼地だったということです。

この説は、マチュピチュの建物や地形が近隣にある聖なる山々や川と強く関係していることを示す天文考古学的なデータに基づいています。それによれば、マチュピチュは創造神や太陽や月などの天体と関係づけられており、インカ人が自分たちの祖先や信仰を再現しようとした場所だったと言えるかもしれません。

4. 王族の別荘説

王族の別荘説はマチュピチュが建設された理由のなかで現在最も有力な説です。この説は、マチュピチュは皇帝パチャクティやその親族が、保養や狩りに利用する場所だったというもの。

この説の根拠は、16世紀のスペインの古文書に登場する「ピチュ」という名前の王領地がマチュピチュと同じ地域にあったということです。

マチュピチュは首都のクスコとは標高差があり、気温も違っていたことから、避暑地や別荘といった役割を担っていたのではないかという研究もあります。

5. 地震に強い建築の実験場説

この説は、マチュピチュが地震に強い建築技術を発展させるための実験場だったというものです。

マチュピチュは、2本の断層線が交差する地域にあり、地震が頻発する危険な地域です。しかし、インカ人は石を隙間なく積み上げることで、地震に耐えられる建物を作りました。地震が起こると、石が互いに衝突しあっても元の位置に戻るようになっていました。

このような建築様式は、インカ帝国の他の都市にも見られますが、マチュピチュはその最高傑作だったのかもしれません。

おわりに

マチュピチュを訪れる観光客
マチュピチュを訪れる観光客は多い

今回は天空都市マチュピチュはなぜ作られたのか、5つの説を紹介しました。いかがでしたか?

マチュピチュが建設された理由にはいろいろな説があり、一つの説だけで説明できるものではありません。

インカ帝国は政治と宗教が一体となっている社会であり、皇帝は神聖な存在でした。マチュピチュは皇帝や貴族の避暑地であると同時に、神話や聖地を再現した巡礼地でもあった可能性があります。

また、マチュピチュは豊富な石材や水源を利用して、地震に強い建築技術を発展させるための実験場だったかもしれません。

マチュピチュはインカ帝国の文化や信仰、知恵の結晶とも言える遺跡です。その詳細はまだまだ謎に包まれており、だからこそ世界中の多くの人々が魅了されているのではないでしょうか?

マチュピチュはこれからもロマンあふれる存在として、私たちに何かを語りかけてくれることでしょう。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
ではまた次回!

☆参考サイト
マチュピチュ|謎や歴史的な文明の秘密や不思議を探ろう!
マチュピチュ建設の理由、5つの説 | ナショナル ジオグラフィック日本版サイト
マチュピチュはなぜあの場所にあるの? 鍵は「断層」にあった – ナゾロジー

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きんいろ旅程

きんいろ旅程(りょてい)と申します。おもに歴史や競馬などをテーマに、幅広く記事を執筆中。「どんな人にも読みやすい記事を書く」ことをモットーに、日々WebライティングやSEO、Wordpressなどを勉強中です。名前の由来は競走馬「ステイゴールド」から。Twitter→@kinniro_ryotei アイコン:畦ノつぶて様 @azeno_tsubute22

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