歌うことが好きだ。人前でも(声はうわずるかもしれないけれど)歌える。
高校生時代、私のことを褒めてくれたのは、大抵音楽の先生だったように思う。私の高校時代にはよく皆の前で歌を歌わなければならないことがあった。授業の試験で、そういうことがままあったのである。
人前であがってしまうことが多く、大勢の前で喋るのが大の苦手である私でも、その時間だけは別だった。逆に皆に聴いてほしいし、注目してほしいという気持ちさえあるくらい、歌には自信があったのである。
親戚の集まりのときも、皆の前で「もののけ姫」をアカペラで歌って褒められた。
そう、褒められるから、歌うことが好きだったのだ。
私の今までの人生において、「歌う」という行為はあらゆる人から褒めてもらえる絶好の機会にあやかれるとっておきの手段であった。
褒めてもらえると嬉しいし、「自分は歌が得意なんだ」とやや自惚れてしまう。実際は大したことがないのだろうけれど、一時期の私は歌っている自分に酔っていた。
ヒトカラで好きな曲を入れて、熱唱することの心地よさはお酒を飲んだときの浮遊感に似ている。ふわふわ雲の中を漂っている感じ。
褒めてもらった経験から、「自分の声は良い声なんだ」と思い込んでもいた。だから、端から見るとめちゃくちゃ痛々しいほどに、自分がプロの歌手になった気分に浸ったものである。
時折、「カラオケルームの隣の部屋の人が聴き惚れていたらどうしよう…」と一人で照れることもあった。思い込みが激しすぎる。
今の私はほとんどカラオケには行かないし、一人で歌もあまり歌わない。年をとったからかもしれないが、歌う元気が無い。
昔は家事をしながらとか、部屋で寝転がりながら大声で好きな歌を歌ったこともあったのに。
なんというか、成長して気恥ずかしさが出てきたこともあると思う。
大人になるということは、恥を覚えることなのかもしれない。
もう昔みたいに、自分の歌声に酔えはしない。たとえ一人であっても無邪気に好きな曲を大声で歌うなんてことは、たぶん体力的にもそうだが、羞恥心があるからしないと思う。
でももしもまたいつかカラオケに行く機会があれば、そのときは思いっきり歌ってみよう。昔の褒められて嬉しかった頃の記憶も思い出せるかもしれないから。
終わり
