今年の年始は何とも言えぬ幕開けだった。
というのも去年の年末前、一か月ほど母が緊急入院していたからだ🏥
緊急入院した理由は突如として母の体全体に現れた皮膚疾患のせい。
場所によって出た症状が全く違うこともあり、先生も
「あららこれはひどいね・・・( ˘•ω•˘ )💦」
というくらいだった。
手の甲は象の足みたいにガチガチに硬いかと思えば、肩や二の腕・背中らへんは痒みを伴うかさぶた、足に至っては水泡ができ、両足の裏にまで出てしまったのだ。
極めつけは全身に何とも言えない痛みがずっとあること。
母は一度数年前に帯状疱疹に罹患したことがあるのだが、それとはまた違った痛みらしい。
でも同じように痛みがずっと消えず、でも自力ではどうしようもなくてとても辛そうだった。
入院前に何度も皮膚科には診てもらっていたが、塗り薬を塗っても、飲み薬を服用してもソレはおさまらず。
最終的には歩くことも困難になり入院と相成った💀
これまでも何度か入院はしていて。
その都度手術をうけ、手術当日や翌日はさすがに動けずそれなりに大変だけど、数日も経てばそこそこ動けるので院内のパン屋さんに行って買い物しつつおしゃべりしてきたり、知人を作ってきたりと、楽しい入院生活を過ごしてきていたのだが。
でも今回は今までと違い自分の意志で動くこともままならない状態。
それに加えコロナ後初の入院で、正直戸惑うことの方が多かった。
まず見舞いの時間と病室にお邪魔できる人数が違った。
コロナ前は午前中から面会OKで、人数にも時間にも制限は特になかった。
それが今は午後のみの面会で、それも午後3時から7時までの間、30分のみ、人数は2人まで――――――。
それだけでもかなりきつかったが、病室の様子も全く違った。
みんなカーテンを閉め切っているのだ。コロナや病気になっているのだから楽しく話す気にもならないといったことはわかる。わかるのだが。
一様にみんな閉め切っていて、なんとも息が詰まる雰囲気なのだ。
これまでの病院生活が明るすぎたのかもしれないが。
同じ病室の方と挨拶すらできないのは、もともと話すのが大好きな母にはとてもきつかったろうと思う。
せめて面会で息抜きできれば良かったのだろうが、それもできず、全身に走る痛みとの戦いもあって数日で母の意識はどこへやら。
会話もままならない、自分のことすら満足にできないような状態にまでなってしまったのである。
さすがにこれには参った・・・。
毎日身の回りの物を携えて面会に行くのだが、まず目が合わない。話しかけてもどこか宙を見て返事にならぬ返事をしてくる。
娘と会話しているというのにどこか他人行儀な敬語で返事したり。
持っているお茶碗をまともに持てずこぼしてるのに気付かなかったり・・・。
お気に入りのキャラメルを持って行っていたのだが、それをほぼ全量布団の中にしまっていたり。
正直このままどうにかなってしまうのではないかととても不安にもなり、また怖くもあった。
おかげさまでショック療法的なことが数回あって自我は戻り、皮膚の症状も改善して退院できたのだが。
朝は父のお弁当を作ったり、在宅の時間までに家事炊事家、作業時間になったら無理のない範囲で取り組み、夕方は病院に行き、帰宅したらまた家のこと・・・、という生活はなかなかにしんどかった。
退院しても母の薬の管理や体調の確認、訪看の方との打ち合わせなどもあり気を抜く暇がなく。
くたびれていたので正直休みたかった。
寝れるならとにかく寝たかった。もう寝れるだけ寝かせてくれ、みたいな。
なので年末は見たいテレビも特にないし、ただただボーっとして。気が付けば年が明けていた。
年が明けたら少しは落ち着くかな、と思っていた矢先。
またもや母の緊急入院。
今度は四つん這いから全く動けなくなり病院へ。そのまま入院となった。
原因は腸骨にあった。
皮膚疾患が出た時に原因究明のため、当時服用していた薬を全て中止していたのだが。そのツケ?がどうやら骨にいったようで・・・。
歩こうとすると腸骨とつながっている筋肉が痛みを発生させるようで、またまた約1か月の入院・・・😨
先日、やっと退院して。
しばらくは体重をかけてはならぬという事で、家では歩行器を使うことになった。
ようやっと歩行器で家の中を移動する、されることに慣れてきたものの屋外ではまだまだ気は抜けず。
でもやっとバタバタと慌ただしかった日々が落ち着いてきたかな?どうかな~?くらいの、ようやっと一息つけそうな感じにはなってきた。
どうかこのままの調子でゆっくりと春を感じたいと思う私なのでした。
🍵ε=(・д・`*)フゥー・・・
