
【ACの「ケアテイカー」タイプが過酷な生育環境において誤学習し習得した、不適切な対人コミュニケーション方法を手放して幸せになる方法】
アダルトチルドレン(AC)という言葉をご存じだろうか。
この言葉は、もともと70年代にアメリカで「アルコール依存症の両親を持つ子ども」という定義で生まれた。
現代においては、そこから対象範囲が「幼少期に過酷な家庭環境(虐待、ネグレクト、親の病気など)で負ったトラウマにより大人になっても生きづらさを抱える人」というところまで広がり、主に心理学・カウンセリング領域において使用されている。
どのような生きづらさを抱えているのかというと、主に
・他人の顔色を過剰にうかがう
・自己肯定感が低い
・否定や拒否することが苦手
・適切な対人距離を取れない
・感情を抑え込みやすい
といったものが上げられる。これらはどれもアダルトチルドレン以外の人でも当てはまる要素だが、重要なのはそれが過酷な生育環境が原因でもたらされたものであるということである。
アダルトチルドレンには6つのタイプが存在するが、今回はその中でも「ケアテイカー(別名:リトルナース)」タイプについてお話ししようと思う。
私自身も、このケアテイカータイプのアダルトチルドレンであることを自覚し、克服するために様々な文献を読み漁ったり、心理士の方のYouTube動画を拝見したりして勉強を重ねてきた。私が勉強したことが、少しでも誰かの役に立てばいいなと思い、この記事を執筆することにした。
まずは、ケアテイカーの特徴からご紹介しよう。
ケアテイカーは主に家庭の中で「家族の世話役」という役割を強制されてきた子どもたちのことである。家族の世話とは文字通り幼い兄弟の世話や家事などを指すこともあるが、目には見えない心理的ケア、例えば親の愚痴を日常的に聞かされ続け、親が欲しい言葉をかけることを期待されていたり、両親の夫婦仲が悪いことを敏感に察して、その不安から両親の仲を取り持とうと奔走したりなど、到底幼い子どもが担うべきではないような高度で複雑な心理的ケアをする役割を強制されてきていることが多い。
これらの背景から、ケアテイカーは大人になっても無意識に他人の世話・ケアをしてしまう。
当事者の私の感覚では、それは誰かを助けたいと思って自らの意思でやっているのではなく、無意識に刷り込まれた行動パターンとして自動的にやってしまうのである。
相手が困っていそうな表情を敏感に読み取り、先回りして原因を取り除いてしまう。
これらの行動がメリット・その人の長所、として働く場合もある。
「優しい」「気が利く」「受け入れてくれそう」と人から良い印象を持たれて心を開かれることが多く、他人から好かれることが多かったりする。
また、医療や福祉分野における対人支援職としての能力の高さなども長所といえる。私も保育園で働いていた時には、まだ上手く言葉を操れない年齢の幼い子供の気持ちを察する能力が非常に高く、その能力が仕事においてとても役に立っていた。
ケアテイカーとしての行動が長所として働く場面があることは事実だが、たいていの場合はケアテイカーとして生き続けるのはデメリットの方が多い。
他人のケアをすることによって自分に生きる価値を見出している状態なので、「何もできなくてもただそこに存在するだけでいい」という、本来であれば幼少期に当たり前に獲得するような基本的な安心感というものが欠如してしまっていて、常に「見捨てられ不安」を抱えて生きている状態なのだ。ケアテイカーは「何か価値を提供し続けないと見捨てられてしまう」という強迫観念に支配されながら生きている。
当事者としての体感は、常に全力で自転車をこぎ続けているような感覚に近いものを感じる。
しかし、人間なんてそんなにずっと頑張り続けることはできない。ある時、限界が来て怒りを爆発させてしまったり、「人間関係リセット症候群」のようになって今まで親しくしていた人との関係を急に断ってしまったりする。
また、そのケア能力の高さゆえに他人から依存されやすかったり、搾取されやすかったりもする。
「話を聞いて空気を読んで適切な相槌をうつ」という能力が高い、聞き上手なケアテイカーと話していると、相手は話しやすいと感じて話すのが楽しくなってくるのだ。
わかりやすくお金を搾取されることはなくても、「時間」や「労働力」や「心理的ケア能力」など目には見えない部分で搾取されているケアテイカーは多いのではないかと推察する。
ケアテイカー側の「負担」や「我慢」を前提に成り立っている不健全な人間関係が形成されてしまうことが多いのだ。
それでは、ケアテイカーは一体どうすれば幸せになれるのか。
様々な文献や、心理士の方の動画などで共通したことが言われていることに私は気付いた。
まず1つめは、自分の今の感情を客観的に把握すること。自分が今、ケアテイカーとしての思考パターンに陥っていると、自分自身で気付くことが重要なのだ。
2つめは、「何もしなくても、ありのままの自分でそこにいてもいい」と思うこと。
これは過酷な環境で育ってきたアダルトチルドレンには非常に難しいが、子どもというのは本来、全員が「ただそこにいるだけでいい」存在である、ということを知識として理解すると、少し考えが変わってくるかもしれない。自分が育ってきた環境が特別に過酷だったということに気付くことから全ては始まる。
今回は「アダルトチルドレン」「ケアテイカー」についての少し重めな記事でしたがいかがでしたでしょうか?
これからも私の知識や経験から感じたものなどを記事にしていこうと思います。ここまでお読みいただきありがとうございました。
