「厳島の霊脈が不安定になって現地と関係各位は大騒ぎ、か。大変な事態のようだね…それで要件は何かな?」
喜ばしくない来客に向けて恵は「速やかにお引き取りください」という語彙を込めた皮肉で対応した。
メッセンジャーの彼女は少しばかり口角をひきつらせてそれを受け流しつつ、「要件」を説明しなおしていく。
「最初から興味ないアピールとは大層なご挨拶ね。でも貴女への通達内容は変わらないわ…現地に飛んで手助けをしてきなさい。これは執行部からの直接指令よ。」
彼女は淡々と自分の告げる事だけを突き付け、承諾だけを求めてきた。
優雅な休日のひとときに突如踏み込まれて不満を主張することも許されない。
非常事態対処セクション所属の身ならではの現実だ。
恵はラウンジの空気を壊すのも気が引けたのでとりあえず適当な二つ返事でしぶしぶ承諾の意を示す。
彼女はその様子を見て少し溜飲を下げたようで余裕気な表情に変わっている。
恵は内心穏やかではない自分の不満感を今一度伝えたい気持ちがせりあがったものの、これ以上のマウントバトルは時間と感情労働面で無駄だと判断してそれを飲み込んだ。
しかし…
「この案件には霊地の誓約や”伝承結び”といった専門家でも手を焼く面倒ごとが山積みなわけでしょ…?なんでわざわざ関東の異能対策セクションに話が回ってくるわけ?」
恵の不満感は自覚したものよりかなり大きなものであったようで、その一部が口に出てしまっていた。
彼女はその言葉に対してこめかみを押さえ、深いマリンブルーのクリアファイルを恵に投げてよこした。
機密文書とは思えない雑に詰め込まれた書類の束。
それは親の仇のごとくギチギチになっていて異質な存在感を主張している。
恵はそれをキャッチすると、一応読んでいいものなのかアイコンタクトを彼女に飛ばす。
すると彼女はそのキツい目元をより険しくして「さっさと読め」という威圧にも等しき目を向けてきた。
やれやれといった感じでオーバーアクションを取ろうとしたが、今感情を逆撫でして今後の仕事やコネクションに支障をきたすわけにもいかず改めて自制し直し、資料に目を通していく。
”厳島における霊脈破綻の可能性とその対応案について”と題されたその資料には現状の異常がどのような危機をもたらすかやどのような人物が関わっているかといったレポートが記載されている。
ふむふむ…山陽・中国地方の神祇庁支部だけでなく関西の霊能者コミュニティも火消しに奔走して尚収まらない事態である現状に際して日本全国からの救援を依頼するべきモノである、か。
恵はそのまま事案関係者のレポートに目を通していく中で明らかに異質な情報に目を捕らわれた。
”何の呪具やデバイスを用いることなく神道術、呪術や”神の奇跡”をも打ち消す少年の関与が疑われている”
”厳島の霊地結界内で異常な電磁力による破壊活動が確認された”
などなど。
異能関連の実務に携わる者なら一度は噂に聞く都市伝説めいた話だ。
「どこの組織にも属さず暗部ネットワークを潰して回る”異能者殺し”コンビ」…「自らの正義を通す為ならそれぞれが組織ごと制圧していくワンマンフォース」。
できれば人生で一度たりとも関与したくない人間の筆頭である。
思わず彼女へ真意を問う視線を向けてみるも「そういうことだからよろしく」と顔に書いてありそれ以上の説明は期待できそうに無かった。
コレは久々のガチな鉄火場だな…
恵は今回起きうるだろう地獄の道中と理不尽を想定してひきつった笑いを浮かべるしかなかった。
