そうか…お前が今塗り替えるべき現実が何なのかまだ自覚できていないようだな。
彼女は心底呆れた様子でため息をつくと私の目を覗き込む。
その強張った表情には意思疎通が思うとおりにできていない私への明らかな苛立ちが表れている。
そして私の意識を射貫くような深紅の美しい瞳が訴えかけていた。
自分の思い通りの対応をしないお前に何の価値も無いと。
優雅な彼女専用のこの執務室の空気はいつの間にか息苦しいものになっていて思考能力も締め付けられているように感じた。
上品で厳かな内装と調度品の在り方さえ私の不完全さを責めているかのようだ。
目の前に置かれた丁寧に淹れてあったコーヒーの香り…それが現状の私が唯一受け入れられる日常要因ですらある。
しかしすでに冷めてしまったソレは自分の存在意義を終えたことをその香りで伝えていた。
私の存在意義もそろそろ無くなっていく頃合いなのか?優雅なお茶会がお開きになった後の茶葉のごとく。
まとまらない思考と土台の欠落した未来予測が脳裏をぐるぐると回っていくが、気の利く対応が見つかる状態でないのは私自身が何より把握していた。
このままでは自分で未来を決める権利すら取り上げられるのは必然…なんとか彼女の理解を得られる現実的打開案を提案しなくてはなるまい。
私は現状で持ちうる「解決策」を全て並べ自分が懸念事項を排除できる、まだ使い道のある人間であることを熱心にアピールした。
もはや命乞いそのものの嘆願でしかない無様ではあったが今自分が背負っている者たちの日常への責任を手放すことなどできまい。私を信じ自らの可能性を預けてくれている皆の為にも。
懸命なプレゼンが数分続きある程度の解決策の提示が示された。
彼女はそれを聞き終わると、静かに一言指示を下す。
それは彼女の手駒のひとつでしかない私にとっての存在意義を根底から覆すモノであった。
「それで司教様はそのまま行方知れずで責任者不在のまま現状対処体制は据え置きか…かなり厳しい状況ね。」
フィオナはより混迷を深めるだろう日常に対して頭の痛い事案を確認していく。
日々の日常を脅かす異形のモノたちや魔術師たちの争いで生じる人々への被害を抑制する仕組みの形骸化。
教会が組織的に所有している魔導器具や神聖術の不正運用問題。
魔術的マテリアルの流通ルートにおける利権汚職対策の遅れ。
指揮系統も現状ではいくつかの派閥を司祭たちがそれぞれ形成していて意思疎通もままならない状況だ。
私も一人の司祭としてシスター達の日常を預かる身。事態の混沌さを嘆いているだけではいられない。
フィオナは自分の背負った責務を改めて確認し行動を始めていく。
これからの未来と自分の選択や決断に神の祝福があることを願って。
