ノベリスト・シンドローム【11】

「リルア、リルアっ!」

 目を開けた、というよりは視界が戻ってきた、という表現の方が正しいだろう。実際に世界を見ているのは俺の目でありながらもゼントだから、ピントがぼやけることはなくいきなり、「その光景」が飛び込んできた。

 ……は?

 リルアの腹に穴が開いていた。
 遅れて戻った聴覚が、ゼントの哄笑を拾うと同時に全てを理解する。視界の隅には赤黒く汚れた剣があって、目の前には血まみれのリルアと顔面蒼白のフェリクスがいた。

「……アクト」
「どうしたフェリクス?」

 憎らしいほど「俺」の声だ。規術の扱いに関してはどうか分からないが、ゼントの演技力は天才のそれと言っても差し支えないだろう。

「あなたの目は、先日まで青かったですよね……?」

 息も絶え絶えのリルアを抱き起こし、支えながらもその声は震えていた。

「んー、でも今は真っ赤だろー?
 残念ながらそれが答えというか、現状なんだよなーうん残念」

 楽しげに数度頷いて、ゼントは剣を振り上げる。

「というわけでフェリクス、死んで?」

 そして振り下ろされた狂気の名を、的確に表現できるだけの語彙力を俺は持たない。
 俺の記憶を見たのなら、フェリクスが死なないことなどゼントにも分かっているはずだ。つまり今のフェリクスは反撃のための力を蓄えていて、今すぐにでもこいつを消し飛ばしてくれるはずなのに。

 反撃どころか抵抗すら見せないまま、フェリクスは何度も振り下ろされる刃を受け入れる。弱々しいリルアの呼吸にゼントの笑い声が響いて、俺も自らが絶叫していることを知る。

「おー相棒、一ついいことを教えてやろっか」
 決して声にはならずとも、叫び続ける俺がうるさかったのだろうか。強引に俺の声を遮ったゼントが平然と言う。
「多分この世界、あと少ししたら滅ぶぜ」

 ……まるきり意味が分からない。嘘をつくならもう少しまともな嘘をつけ……!

 内側でもがく俺の反応を楽しんでいるのか、動かなくなったフェリクスから剣を引き抜いて彼は笑う。

「なんであんたにそんなことが分かるんだ、って? そりゃオレだって最初は知らなかったさ、でもあんたの記憶とか色々を見て分かった。
 このパソコンなー、さっき一度起動されてるんだよ」

 は……?

「実を言うとオレ、ずーっとこのパソコンに潜んでた弱小ウイルスでさ? あのフェリクスくんですら見逃すほどの、ほんっとどうして生まれたか分からないほどの弱小。
 一緒にコソコソ隠れてた仲間は偵察とかに行ったきり戻ってこないし、もういいやってヤケになってあんたをさらってみたんだよな。そしたらパソコンが起動された。
 んで、それがあんたの言うマスターかどうかは知らねーけど、そいつが『フェニックス』のアップデートもせずにインターネット接続するもんだからまあ、オレたちマルウェアがお祭り状態になったわけだ」

 血染めの二人に背を向けて、ゼントは剣を投げ捨てる。

「そこにちょうどよく現れたのが、いつかのあんたらみたいに現れたばかりで、自我が確立してないくせにいい感じの力を持ってるウイルスだよ。
 まー抵抗しないどころか為すがままだし、ちょうどいいやってオレが取り込んじゃったわけ。もちろん相手の方が強力だし、自分をほとんど別の存在に変えるようなもんだから、死ぬかと思うくらいには大変だったんだぜ?」

 そこでお前が死んでいれば、こんなことにはならなかったんだぞ?

「まあまあ、まだこの話は終わってねーよ?
 天がオレに味方したんじゃね、って思うくらいには出来過ぎた展開だったよ。結局さっきの人間はフェニックスのアップデートをしなかったから、今そこで倒れてるフェリクスくんはオレに抵抗できなかったってわけ。
 考えなくても当然だよなあ? 日々アップデートされて当たり前の存在が、こんなにも長い間放置されてたら──もちろん新しいマルウェアには対応できなくなってるわけで。
 こいつらが『最強』でいられるのはヒトの助けがあるからで、オレらが生まれるのもまたヒトの助けがあるから、なんて皮肉だとは思わねーか?」

 ……ああ、まったくだよ。それだけは認めてやる。

 嫌々ながらも彼を肯定した俺に、ゼントは頷き言葉を重ねた。

「イレギュラーに弱いこいつらとオレらは、いたちごっこを繰り返す人間に踊らされてるだけだよ。オレだって逃げられるならやめられるなら、もうこんなことしたくねーっつの。
 ……だがな? オレたちは所詮、そういうふうにしか、つくられてないんだよな」

 そう遠くない悲しみが混じる、吐息に近い声だった。
 今は耳と目しか機能していないやつが何を、と馬鹿にされるかもしれない。実際この考えはゼントに読まれているのだから、そう思われている可能性がかなり高いだろう。
 だってこいつはマルウェアだ。それも俺の体を乗っ取って、リルアとフェリクスを傷つけた張本人で。それなのにどうして、こいつはこんなにも悲しげに──

「……相棒」

 それ以上は駄目だ、と首を振ったゼントに、俺は黙り込むこと以外何ができようか。何よりこいつが憎いのに、どうしても、どうしたって今の言葉は。

「オレはウイルスだから、さ」

 呟いて、歩みを進めた一歩先。背後で響いた重い音と、言葉にならない動揺が俺の背を打った。

「外し、っ」
「そりゃあなー、そんなに敵意バリバリで来られちゃ当たるものも当たらねーよ?」

 踵を返して苦く笑み、地面に刺さった剣を見下ろす。そして今しがた、自分に向かってそれを振り下ろした少女を──リルアを、ゼントは眩しそうに見つめた。

「いいのかー? 今オレが乗っ取ってるのはあんたの大好きなアクトくんだぜ?」
「分かってるよ……! だから返して、ボクたちのアクトくんを返して!
 ボクの言うことが聞けないの、これは命令だよ!」

 自らを貫いた剣すら握ったのだ、リルアも理解はしているのだろう。規術はおろか剣もまともに持ったことのない身で、正面から戦って勝てる可能性はゼロに等しいと。

 だからこそと繰り出されたはずの「命令」は、しかしすぐに困惑を伴って霧散した。

「……な、んで平気で……」
「ん、ああ……これ?」

 さも平然と手を伸ばし、ゼントは俺のチョーカーに指をかける。

「さっきも言ったろ? オレはアクトくんの体を『乗っ取ってる』って。
 つまり今、この体を動かしてる意思はオレのってこと。君の言う限りでは『アクトくんの意思』が絡んでる限りの命令っぽいし、残念ながら『オレ』には効かねーんだよな」

 だから、とその唇が弧を描くのが俺からも分かった。

「──この契約、破棄させてもらうよ」

 あれほど望んだ解放が、このような形で訪れるなどと誰が予想できただろう。
 いつしか空は重く曇っていた。引きちぎられたチョーカーの石に、鈍い陽光が反射して弱々しく光る。

「……あ、あ」

 こぼれそうなほど見開かれたリルアの瞳が、涙をたたえるまでにそう時間はかからなかった。

「……恨みはねーんだよ、本当だ。仲良くしたかったさ、心から」

 ぼたぼた落ちる涙をぬぐうこともせず、立ち尽くすリルアに歩み寄った。足元に刺さったままの剣を引き抜く。

 ──もういいよゼントやめてくれ、頼むからもうやめてくれ!

 あの日のように不可視かつ、破れない壁を叩いて叫ぶ。あの言葉さえ嘘と信じてしまえば、全てが全てマルウェアの、ゼントのせいにできるのに頭が拒絶する。

 自分の意思がどうであろうと、つくられた身では逆らうこともできないのだと言ったゼント。昔の俺と彼を重ねるには充分すぎたその言葉に、俺の心は激しくぐらついているのに。

 彼が滅すべきマルウェアだ、という現実はこうも無情にのしかかる。

「あんたはさ、何も知らないまま突然終わっちまうのと──終わりを知って怯えながら、残りの時間を生きるのはどっちがいい?」

 それが誰への問いだったのかは知らない。赤く汚れた剣をリルアの首筋に添
え、ゼントはその紅い目を伏せる。

「どうせみんな滅ぶんだし、少しだけオレと話そうぜ。今は無性に口を動かしてたいんだ、信じてくれ」
「……なんで、滅ぶだなんて……」
「だっておかしいとは思わねーか? 今となっては全部が全部、それこそ綱渡りみたいに歩いてきた上での現状だとオレは思うぜ。
 まず、あんたらの『マスター』かどうかは分からねーけど、誰かが今日このパソコンを開いたのはもちろん、このパソコンがこれからも使われる可能性がある、ってことだけどよ。
 もしかしたら捨てる前にデータとか消しとこー、って開いただけかもしれねーじゃん? むしろ三年も使ってなかったのにまた使うなんて考えにくいんだよな、正直そっちの方がありえるとオレは思うんだけど?」
「そんなの、っ!」

 声を荒げるリルアを制し、ゼントは彼女の額をつつく。

「わーってるわーってる、そんなのまだ分からないだろ、って言いたいのはよく分かる。
 けどな、物語がいつもハッピーエンドになるとは……ってより、これが『物語』であると限らねーのもまた事実なんだぜ?
 屁理屈だって言うなら考えてみろよ、今ここにガラスの靴をくれる魔法使いはいるか? ピンチなところを助けてくれる猟師はいるか? 一目惚れしてくれる王子はいるか?
 いねーだろ、そんな都合のいい存在なんてさ」

 息を呑むほど──正論だった。

 物語が「物語」であるためには、少なくとも舞台となる世界、登場人物、そして「読み手が納得できる」起承転結が必要だ。取り残されたシンデレラには魔法使いが必要で、ヘンゼルとグレーテルにはひとかけのパンと光る石が不可欠だった。

 それがもし、何もない場所からドレスや靴を得るような展開だったとしたら謎だけが残るだろう。パンや石がなくても家に帰れるなら、彼らの両親はとんでもない間抜けだったとしか言いようがない。

 だが、俺たちの世界にはその「欠けてはいけないもの」が欠けていたのではないだろうか。

「なあローレライさん、あんただって結局報われてねーだろ?
 だってあんたは──『ローレライ』は、『不実な恋人に絶望して川に身を投げた乙女』だもんな?」

 現に今、理不尽な「終わり」はすぐそこまで迫っていた。マスターを亡くしたあの日と同じように、誰も納得できない結末に身を投じることしかできない我が身を、俺はどうしても許すことができない。

 だが。

「……黙って」
「お?」
「黙ってって、言ってるの!」

 突き出された腕を避けることが、どうしてかゼントにはできなかったらしい。

 がくんと上を向いたとき、俺の鼻先すれすれを炎玉が通り過ぎた。くじいた右足で踏ん張ろうとでもしたのか、バランスを立て直すこともできないまま真後ろに倒れる。

 反動で共に倒れたらしいリルアと、まるで相打ちのように地面へと転がった。そこまでならまだ、いい。

「……相棒」

 のそりと視線を向けた先には、赤色を引きずりながらも立つフェリクスがいた。今の炎玉を放ったのはあいつか、と回転を止めつつある思考が算出する。

「相棒」

 地面に沈み込んだまま、見上げた空からは雪が降り始めていた。今冬最後のものであろうそれが掌に落ちて、じわりと溶けては水となる。

「相棒、聞けってば相棒」

 ……うるさいな、疲れてるんだから放っておいてくれよ。

 俺の口からこぼれて落ちる、俺への声を振り払う。重い眠気がのしかかる中、今目を閉じれば二度と目覚められない気がする。

「どうやらここまでだよ、さよならだ」

 ……えっ?

 それがどういった意味の言葉なのか、思慮する前に彼の言葉は続いた。

「ゲームオーバーだよ、フェニックスのアップデートがたった今終わったっぽい。
 ……あーあ、せっかくカッコつけていいとこまでいったのに、な」

 こいつは何を、言っている?

「おーフェリクスくん、さっきぶり。もうちょいで勝てると思ったんだが、この戦いはオレの負けみてーだ」

 紅い姿をさらに染め、ふらふらと歩み寄ってきたフェリクスに微笑む。対して、普段からそう優しくないフェリクスの表情は今も苦痛に歪んで、苦々しく眉をしかめていた。

「……先ほどまでの強気は、どこに行ったのですか」
「んー、やっぱり勝ち目がねーのに挑むのって無駄じゃん? このタイミングでアップデートされちまったのは悔しいけど、まーもういいやって感じかね。
 それにな? ちょっとしたオレの昔話で、ぐらぐら揺らいでくれた相棒のちょろさが愛しくなってきてさ。こいつが泣くのは勘弁かなーって思ったわけ」

 それに、とゼントはフェリクスを指差す。

「あんたはさっき、大事な大事なお友達を自分の手で葬る覚悟をしたから攻撃したんだろ?
 結局は相棒の髪をちょっと焦がした程度で終わったけど、あんたは友人よりもセキュリティソフトとしての存在理由を優先しようとした。それは優秀さの証だよ、そこに心を置かなければの話だけどな。
 でもオレにはそれができなかった。それだけだよ」

 ゼントがどのような顔でそう言ったのかを、内側の俺は知ることができない。

「……では、今ここで抹消される覚悟があるということで……よろしいのですね?」
「ああ、あんたなら相棒を傷つけずにオレだけ消せるだろ? よろしく頼」
「……嫌、だ」

 ぶつり、と何かがちぎれるような音がした。

 声を上げかけたゼントから発声権を奪って、地面についた手が、起き上がろうとする体が、前を向こうとする目がひどくだるい。それでもこのまま消し去ってはいけないと、脳内のレッドランプが激しく明滅する。

「こっちは操られ慣れてるんだ、こんなことに屈して……たまるもんかよ……ッ!」

 抗うのだ、呪縛の鎖を断ち切るために。

 リルアが言っていた通り、バラバラになりそうな意識を全力でかき集めて抵抗した。相手よりも深く集中し、抗う意思を持てば主導権を取り戻すことができる──などと口で言うのは簡単だろうが、意識の糸がじりじりと切れゆくのが分かる。

 だが今はそれでいい。これくらいの制限と緊張感がなければ、俺はやり遂げることができないだろうから。

「剣を取ってくれ、フェリクス」
「……アクト?」

 彼から数歩距離を取り、右手を空へ高く伸ばした。向こうに倒れたままのリルアが息をしていることを確認してから、俺は見たこともない「神」に助力を乞う言葉を紡ぐ。

「綴るは剣、決別の刃ここに求めん。
 現れよ、縺れるならば断つために!」

 宙で握り込んだ手の中、淡い光と共に現れたのは一振りの剣だった。
 すらりと振るえば一条の光が空を裂いて、流れるようなフォルムの刀身に収束する。ほんの少しの間離れていただけなのに、腕に伝わる重みがやけに懐かしく感じられた。

「何を……するつもりですか……?」
「悪いなフェリクス、こればっかりは俺のわがままだ。
 お前らを傷つけた『俺』が、痛みすら知らずに終わるなんてひどい話があるか? それにこの事件は俺のせいで起こったんだ、ケリをつけるなら自分の手がいい。
 だからまずは──剣を交えさせてくれ。話はそれからでも遅くないだろ?
 これは俺なりのけじめ、だからさ」
「アクト、っ!?」

 存外あっさりしたものだった。

 結構な量の黒髪を、いたって雑に切り落とす。主である俺とのつながりが断たれ、消えゆくそれらを見送って顔を上げた。

「はー、すっきりした。髪が長いと動きにくいよな、大分軽くなったよ」
「本気……なのですね」
「ああ、殺す気でかかってこい」
「……分かりました。それがあなたの望みなら──」

 すう、とフェリクスの瞳が紅い光を帯びる。

「叶えて差し上げるのが、友としての役目でしょう」

 地面から引き抜かれた剣が、その瞳と同じ光を宿した。

「我が身に眠るものへと望む、決別せし者切れ落ちぬよう。
 断ち切るならば正しく繋ぎ、二度と縺れぬ強さを授け。
 不死の魂燃え尽きるまで、祈り願った答えをここに!」

 朗々と響く呪文を纏い、一陣の風が吹き過ぎる。ただしその風は血のように、紅い。

「分からないのです、私には!」

 剣筋は互いに読める状態にある。ハンデこそあれパラメーターの差は大きい。だが妥協だけは絶対にしない!

「正義も悪も何もかも、まだ理解できぬ未熟者! だからこそ今剣を取った!」

 すれ違いざまに脇腹が裂けた。だが彼の右腕へと浅くはない傷を残す。
 吹き出す血潮も痛む体も、今ここで俺が生きている証だと思えばむしろ愛しかった。その上これは過去との決別を意味する儀式なのだから、多少の傷で折れるわけにはいかない。

「教えてください我が友よ、私が生きる必然を! 私たちにしか綴れない物語は、本当にこれで正しいのですか!?」

 体が小さくなった分、彼のスピードは普段の倍近くに感じられた。ただし全身の傷のこともあってか、パワーではまだ俺の方に分がある。

「っは、お前は『正しさ』にこだわりすぎなんだよ!」

 ただし力を入れるほど、次々と増える傷からの出血と痛みが激しさを増した。地面を削って踵を返し、刃を振るう不死鳥は今鬼神となる。

「生きてりゃ誰もが間違える! そりゃあ正しい方がいいのはもちろんだがな、フェリクス!」

 神に捧げられるような美しい姿が、血で汚れていくさまは冒涜のようにも思えた。

「結局何が『正しい』のかは、多分誰にも分からねえ! お前の正しさの裏で泣いたやつだっているだろう、お前の悲しみの外で笑うやつもいただろう!
 だから!
 お前は単に俺の世界で、リルアと一緒に俺の手を取って!」

 切り裂かれた頬が熱い。痛みすらいっそ戦意に変えて、振り抜いた剣は空を切る。

「笑いかけてくれれば、俺はきっとそれだけで──」

 ひたり、と風の音が止んだ。

「……よかった、のにさ」

 フェリクスの剣が俺の喉元で、止まる。

「あなたの負けです、アクト。
 ……話があるなら聞きましょう、それくらいなら私にもできますから。
 ですが何も言うことがないなら……あとは分かりますね?」

 俺の首をぎりぎり傷つけない位置、鋭利な切っ先が微かに震えた。

 ──還るのか、ゼロに。

 そう考えたのは俺かゼントか、もはや俺にもよく分からない。

「死にたく、なかった」

 それゆえに一瞬──ほんの一瞬だけ、気を抜いてしまったのは必然だったのかもしれない。

「マルウェアとして生まれたくなんかなかった。ひとりぼっちは寂しかった。いつ死ぬかも分からない恐怖に怯えるのは嫌だった!」

 何もかも拒絶するように、かぶりを振って頭を抱え。うずくまる俺の両目から、ぽろぽろ落ちるのはどのような感情だったのだろう。

「……トモダチが、ほしかったんだ」

 雪の勢いがほんの少しだけ強くなった。

「でもオレはマルウェアで、相手になんてしてもらえないのは知ってた。だから誰かをさらってきて、その体を乗っ取ってしまえば嫌でもオレを見てくれると思った」

 俺の体ががたがたと震えているのは、しかし決して寒さからではない。

「でも二人で話したくて高いところに連れて行ったら、相棒は怒るばっかりでオレを見てくれなかった。きれいな景色を見せても駄目で、相棒の仲良しがいなくなればいいと思ったけどそれも駄目だった。
 そのくせオレの昔話には、燃えるほど怒ってたはずなのにそっと聞き入ってくれた。それなら最初から素直に話しかけてれば、相棒はオレのトモダチになってくれたのか!?」
「あなた、は……」
「やめろ、やめろやめろやめろ話しかけるな! 結局あんたたちはオレを拒絶したじゃないか、オレたちがマルウェアってだけで毛嫌いして殺しにかかる!
 オレの仲間たちも本当は仲良くしたがってた! ひとりは寂しいって話せはしなくても言ってた! だからどこかに自分を理解してくれる誰かがいると信じて、外に出たのに帰ってこなかった!」

 悲痛な叫びが風に流れて、反論の余地がないことを痛感する。普段何気なく倒していたマルウェアたちが、このような闇を抱えていたなど知りもしなかったから。

「それならなんでオレのことだけ、おとなしく死なせてくれなかったんだよ! 怖いのも痛いのも悲しいのも苦しいのも我慢して、嫌なやつを演じきったつもりだったのに!
 種族が違って言葉も通じないやつを、あんたたちはすぐに見下すか殺す! 性質からして難しくても、仲良くしたくて向かった先で攻撃されたら絶望するし反撃するだろ!?
 ああもうあんたたちだって、こんな話聞きたくなかったはずだ! それともマルウェアの言うことなんて信じるつもりもないか? 今のその態度も耳を傾けるフリか?
 どうしてひと思いに、殺してくれなかったんだよ……ッ!」

 振り絞るようなあふれるような、全力の慟哭がそこにあった。

「……これはフェリクスの分、かな」

 だからこそ俺は、隣に落ちていた剣を拾い上げたのだと思う。

「いぎ、ッ」
「アクト!?」

 右脚に突き刺した剣がぶつり、と肉を断つ音がした。そのまま剣を引き抜いて、今の傷のすぐ近くにまた突き刺し、抜いて、また突き刺す。

「……あっは、確かにこりゃ痛いな。さっきのお前はこんなに痛かったのか、ごめんな」
「何を……しているのですか……?」
「言ったろ? これは俺なりのけじめだ、って。
 忘れたいってわけじゃない、なかったことにしたいわけでもない。でも俺は過去の自分と決別したいから剣を取った。
 ……封じることができないのなら、斬り伏せなくちゃ終われない。嫌な思い出ってのは案外根深いもんでさ、完全に絶やさない限り何度でも蘇る。
 だから俺は、一つ賭けをしようと思うんだ」

 なあそうだろ、とゼントに呼びかけても返事はない。泣いているのか拗ねているのか分からないものの、俺はこいつがとても優しいことを知っている。

「リルアの傷もフェリクスの傷も、ちゃんと急所は外してたもんな」
「……ッ!」
「特にリルアに関しては、本気で殺すつもりなら一撃で終わらせるはずはないだろうし。刺された後に動けるくらいだ、手加減してくれてたんだろ?
 あと、飛行術はあれだけ自慢したのに、お前は二人に一度も規術を使わなかった。もちろん俺の体が欠ければ、最終的にお前が不便なことも知ってるけど、さ。
 それにお前は──」
「やめてくれ相棒、ッ」

 同じ口で交互に話す姿は、一見とても滑稽なものだっただろう。それでも俺は話すことをやめなかったし、ゼントも無理やり遮ることはしない。

「……まだ俺のことを、相棒って呼んでくれるもんな」

 まるで決壊したダムのように、落ちる涙が止まらなかった。

「ごめん、ごめんな相棒……オレ、おれ」
「仕方ねえよ、それがお前の生き方だったんだろ? お前は俺に色んなことを教えてくれた、充分立派な相棒で……いい友達、だったよ」

 意外と泣き虫な彼の頭を撫でられなかったことが、悔しかったけれど。

「だから俺も──ちゃんと最後まで、終わらせるからさ」

 何かを言いかけたゼントから、もぎ取るように自由を奪う。そうして口を開いた俺は、「俺」として最後になるかもしれない呪文を唱え始めた。

「──我らの生を司る、電子の世界を操る者よ」

 俺を中心にして展開された方陣が、すぐ近くにいるフェリクスを拒んだ。弾かれて地面を転がり、起き上がった彼の手はもう、俺を包む光に阻まれて届かない。

「今その全てを脅かす、驕り高ぶる者たちへ」

 リルアが気絶しチョーカーが外れた今、俺の術を止めるものはもうない。フェリクスが何か叫んでいるような気もするが、何を言っているかまでは聞き取ることができなかった。

「無力な我らが抗うために、汝の箱庭滅ばぬように」

 斬り捨てるなら自らの手で。誰かに任せていてはきっと無意味だ。

「正にはなれぬ存在を、導き照らす光を我に」

 リルアの分と持ち上げた剣を、自らの胸元に向ける。

 ……怖くはないさ、何も考えるなアクト。

 ゼントが俺の分まで泣いてくれたせいか、不思議と怖くも悲しくもない。それを非難することも拒否することも、彼にはできるはずなのに。

「我が名はアクト、『ノベリスト』。焼き尽くせ、全ては汝のそのために──!」

 振り下ろす剣の冷たさが、鋭く胸に突き刺さる。

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静海

小説を書くこととゲームで遊ぶことが趣味です。ファンタジーと悲恋と、人の姿をした人ではないものが好き。 ノベルゲームやイラスト、簡単な動画作成など色々やってきました。小説やゲームについての記事を書いていこうと思います。

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