茨城県

漢字の由来

茨城県の「茨城」という名称は、奈良時代の文献『常陸国風土記』と明治時代の県誕生の経緯に由来する説があります。

由来・意味
「茨(いばら)」
バラなどの棘(とげ)のある植物を指しています。
「城(き・しろ)」
文字通り砦や城を指しています。

由来となった伝承

『常陸国風土記』によると、昔この地には黒坂命(くろさかのみこと)という武人がいました。

彼は、現地の邪悪な豪族(茨を城塞にして立てこもっていた)を倒すためです。

彼らが利用していた茨(とげの木)を逆に利用し、それを使って城を築き、最終的には敵を討伐していたとされています。

この「茨で築いた城」というエピソードが「茨城」の地名の起源となりました。

地名の変遷
1、古くは「茨城郡」と呼ばれていました。
2、明治時代初期(1871年)の廃藩置県によって、現在の茨城県が誕生しました。
3、名称は、県庁がかつての東茨城郡(水戸)に置かれていたことに由来し、その地域名が県全体に適用しました。
補足
・読み方は「いばらき(ibaraki)」が正しいです。「いばらぎ」ではないので注意が必要です。
・「茨」は棘のある植物を表しています。
かつては防御に適した地域であったことを示唆しています。
・大阪府の「茨木市」は「木という漢字を使っていますが、茨城県は「城」の漢字が採用されています。

歴史

茨城県は、8世紀の『常陸国風土記』には「常世(とこよ)の国(理想郷)」と記され、古くから豊かな土地でした。

鎌倉時代から戦国時代にかけては佐竹氏らが活躍していました。

江戸時代には、徳川御三家の1つである水戸藩が置かれ、政治・文化の重要拠点として発展しました。

明治の廃藩置県を経て1875年に、現在の茨城県が誕生しました。

現在は、農業・工業・筑波研究学園都市を中心とする科学技術の県として発展していきました。

古代・常陸国
奈良時代には土地が肥え、海と山の幸に恵まれた豊かな地域として知られています。
中世・武士の拠点
鎌倉時代には、鹿島神宮を中心とした武芸が盛んでした。
戦国時代には、佐竹氏が守護として勢力をふるいました。
江戸時代・水戸藩
江戸に近い、徳川家のゆかりの地として重視されていました。水戸黄門(徳川光圀)が『大日本史』の編纂(へんさん)を始めました。後に、徳川斉昭(とくがわなりあき)が藩校・弘道館を設立するなど教育・文化も発展していきました。
近代・県誕生
1871年の廃藩置県を経て、1875年に現在の茨城県が形成しました。
水戸藩の幕末の混乱は明治維新に大きな影響を与えました。
現代・科学の都市
1960年以降、つくば市に研究機関が集まる筑波研究学園都市が整備され、科学技術の拠点としての地位を確立していきました。

歴史スポット
偕楽園(水戸市)
日本三名園の1つとなっています。
天保13年(1842年)に徳川斉昭によって造園されました。
鹿島神宮(鹿嶋市)
日本建国・武道の神様として古くから信仰を集める東国三社の1つです。
弘道館(水戸市)
水戸藩の藩校
1841年に設立され、幕末の志士たちを育成しました。
笠間稲荷神社(笠間市)
日本三大稲荷の1つとなっています。
まとめ
茨城県は、伝統的な水戸文化と近代的な科学技術が融合した独自の背景を持っています。

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