漢字の由来
栃木県の名称は、明治初期に県庁が置いた「栃木町(現在の栃木市)」から由来しています。
名前の由来は神明宮の「十千木(とおちぎ)」説・地名の「トチノキ」説・巴波川(うずまがわ)の「チギ」崩壊説など複数あります。
「栃」は、日本で作られた国字であります。
江戸期には「杤木」や「橡木(とちのき)」と書かれていましたが、明治の県印で「栃木」が定着しました。
地名の由来(諸説あり)
1、十千木説
栃木町の神名宮にある千木(屋根の部品)と鰹木(かつおぎ)が遠くから見ると10本に見えていたことから「十千木」→「とちぎ」になりました。
2、トチノキ説
この地域にトチノキが多く生えていたという説。
3、地盤崩壊説
巴波川の浸食によって、岸が千切れた(チギ)地形に接頭語の「ト」がついたという説。
4、遠津木(とおつき)説
『古事記』に登場する豊成入彦命(豊城入彦命)が「毛の国(木)」と「記の国(木))」を区別するために、遠い方の木を「遠津木」と呼んでいたという説があります。
漢字「栃」の由来
国字(日本独自の漢字)
中国には存在しない漢字です。
日本で生まれた文字です。
表記の変化
古くは「杤木」や「橡木」と書かれていました。
定着の理由
明治5年(1872年)に政府から下付けされた「栃木県系印」の文字が「栃」であったことから、この表記が正式に定着していたとされています。
歴史
栃木県の歴史は、7世紀後半には下毛野国(しもつけぬのくに)と那須国が統一され「下野国(しもつけのくに)」として始まりました。
古代から国府や下野薬師寺が置かれ、江戸時代には日光東照宮が創建されました。
明治6年(1873年)6月15日、栃木県と宇都宮県が統合されて現在の栃木県が誕生しました。
当時の県庁は栃木市に置かれていました。
古代・律令時代(下野国)
7世紀後半に下毛野国と那須国が統一され、現在の基礎となる「下野国」が成立されました。
奈良時代には、「国分寺・国分尼寺(こくぶんにじ)・下野薬師寺(日本三戒壇の1つ)」が置かれ、政治・文化の中心地として栄えていました。
中世(武士の活躍と足利学校)
「小山・宇都宮・足利・那須」などの武士が御家人として活躍していました。
室町時代には「日本最古の学校」とされている足利学校が「坂東の大学」として繁栄しました。
近世(日光の聖地化)
徳川家康を祀る日光東照宮が造られ、幕府の聖地として発展していきました。
渡良川(わたらせがわ)と巴波川の船運により、現在の栃木市周辺は、物資の集積地として栄えていました。
近代(栃木県誕生と県庁移転)
1873年(明治6年)6月15日に、栃木県と宇都宮県が合併して、現在の栃木県が誕生しました。
当初は栃木市に県庁が置かれていたが、1884年(明治17年)に宇都宮に移転しました。
世界文化遺産
日光の社寺(東照宮・二荒神社・輪王寺)
世界一長い並木道
日光杉並街道(約37㎞)
伝統芸能
烏山の山あげ行事や鹿沼今宮神社祭の屋台行事
蔵の町
栃木市中心部に残る江戸時代か~明治初期の蔵造りの町並みです。
