群馬県

漢字の由来

群馬県の漢字の由来は、古くからこの地域では「車」と呼ばれ、馬の飼育が盛んであったことから由来しています。

713年には「好字二字(地名を2文字の漢字にする)」という命令によって、「車郡」から「群馬郡」に改められました。

奈良時代には「くるま」と呼んでいたそうです。

「車」の地名

古墳時代に、この地を治めていた「車持氏(くるまもちうじ)」や車持部(天皇の乗り物を作る集団)にちなんで「車」と呼ばれていました。

漢字の転換

奈良時代に、地名を漢字2文字にする命令(和同6年)が出された際に、当時の「車郡」の読み「くるま」を維持して、馬の産地としての特色を強調するために、良い漢字をあて「郡馬」と改めました。

「郡馬」へ

この地域では馬が群れるように多く飼育されていたため、「馬が群れる」という字が選ばれました。

歴史

群馬県は、約2~3万年前の旧石器時代に東日本最大の勢力を誇った「古墳王国」でした。

江戸時代には、要衝として多くの小藩が割拠して、明治以降は生糸(きいと)産業と近代化の拠点となりました。

世界遺産の富岡製糸場や古墳・温泉文化など、古代から近代まで独自の遺産が数多く残っています。

古代・古墳王国
5世紀頃には、人物や馬の埴輪(はにわ)が大量に出土する古墳が築かれ、東日本の中心的な役割を果たしました。
上野国(こうずけのくに)
古代から利根川流域の肥沃(ひよく)な土地と豊富な資源を背景には、ヤマト王権と連帯する大きな勢力が形成されました。
近代製糸業のメッカ
明治時代には、伝統的な絹産業が近代化し、富岡製糸場(世界遺産)を中心に日本の輸出を牽引していきました。
温泉・文化
磯部温泉は「温泉記号」の発祥地とされる温泉地が多いです。

時代別の歴史
1、旧石器・縄文時代
岩宿遺跡(みどり市)の発見で、日本には旧石器時代があったことが証明されています。
2、古墳時代
5世紀後半以降、大盛況だった埴輪を持つ古墳が東日本屈指の規模で築かれていました。
3、江戸時代
箕輪(みのわ)城(井伊直正)や館林城など、幕府直轄地や新藩・譜代大名の領地がモザイク状に配置され、関東北部の防衛拠点でした。
4、明治以降
明治4年(1871年)には、第1次群馬県が成立しました。
生糸生産が全国1位となり、自由民権運動の拠点として栄えました。

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