先日の晩ふと思ったことがあった。
我が家は夕飯を食べる時のタイミングが結構まちまちで。
母は病気療養中のため、その時々で食べるか食べないかを決めたりするし。
父は晩酌した後ご飯というタイプなので基本ずれる。
お子は学校の終わる時間がその日によって変わるし、アルバイトもあったりするのでやはりずれる。
じゃあ私はというとお腹が減ったら食べますという感じなので、これまた微妙にかち合わなかったりするのだ。
なら各々のタイミングで食べればよいのでは?と思うでしょう。
これがまた厄介なことに両親とも「何となくこの時間にはご飯を食べるべき」というのと同時に、「家族はできるだけ同じタイミングで食べるべき、食べなくてもいわゆる『一家団欒』な時間は共に過ごすべき」っていうこだわりがあり。
非常に難しいのだ・・・。
今更ながらに思うのは、父は寂しがりなんだろうな、と。せっかく家族が家にいるのに、みたいな。
でも本っ当に父は関わり方が下手っぴというか、お子がよく言うノンデリ(ノンデリカシー)でもあって。
言葉選びが下手な上言わなくていいことを言うし、言ってることとやってること矛盾してる時あるし。
まぁイイとこ無しなんである。はっきり言えば。
他にも色々理由があって、一定の距離を取っていたというか。
ただ最近はちょっと変わってきて。
父は下手っぴだけど、一応それなりに心配しているんだろうな、とか。こちらが慮る所が出てきたというか。
取り扱い方がやっとわかってきたというか😂
私も息子も、(色々厄介なところはあるし面倒なタイプの人ではあるけれど、基本筋は通ってる。というかお父さんの中の正義みたいなものはわかる気もする。何より世話にはなってるんだよなぁ・・・)という思いもあり。
最近は割といい感じに落ち着いてきている気がする。
以前は色々やかましく言われる母の方に気持ちというか、思いやるところがあったのだが。
年を重ねてきた今、母に腹が立つことが増えてきた・・・。
母も父のことを悪しざまに言うが、私からするとあなたも大概ですよ、と。
やかましく言われる原因はあなた自身による所が大きいですよ、と。
―――話がそれました。
とにかく、父なりの優しさみたいなものをより一層感じたのはつい先日のことなんだけれども。
その日の晩のおかずに紅あずまの天ぷらを作ったのだが。
両親ともこのさつまいもがほんとに好きで。
その晩は随分と父の箸が進み、残り二個になるまでそんなに時間はかからなかった。
母としては父が全部食べつくすことが許せないのか何なのか
「早く食べないと全部食べられるよ」
と父をちらっと見ながら言っていたけれど。
言うても私はそんなに好きということもなく、食べられても問題はなかったのだが、あの晩の出来は良かったのか。
父も「これ旨いから食べろ」と残り二つを差し出してきた。
最近は晩酌だけで満足してご飯を食べずに寝ることも多くなり、あの日もそうで私がまだ食べてるうちに早々に歯を磨いて寝てしまった。
さて、そんなに食べなくても良かった天ぷら二つ。
食べながらに思ったのだ。
あぁ、これもお父さんなりの優しさなのかもしれないと。
自分が美味しいと思ったものを分かち合おうと、不器用なお父さんなりの。
押し付けがましくもなく、さらっと差し出された天ぷらは少し冷え始めていたし、そこまでではなかったかもしれない。
でもあの時口にしたあの天ぷらは不思議と冷たくても心が落ち着くような、そんな味がした。
それから数日後に作ったさつまいもの天ぷらを4個も5個も食べたのはココだけの話である。
✧︎ナイショ ナイ(¯☩¯)ショ
