先生の定義 5

 五橋のカレー屋に着くと、ハイダルさんをカレー屋の店員たち全員が取り囲んだ。店員の一人のインド人が言った。

 「オーナー、ダイジョウブダッタ?」

「私も先生も大丈夫だよ。なんとか津浪から逃げてきた。でも荒井のお店はもうダメだな」 とハイダルさんは淡々と言った。

「オーナー、カワイソウダナ…… 」

 「今は私の事はいいよ。それより、これからカレー屋を再開するから手の空いてる人はお店を手伝ってほしい」

「ワタシタチ、ダイジョウブダヨ。テツダウヨ」とバングラデシュ人が言った。お店の人 達は全員の意見が一致しているようだった。 地震の影響は凄まじく、電気は止まりガスも止まり水道も止まってしまっていた。五橋のカレー屋も営業は普通だったら難しいと思われたが、そこはパキスタン人の人脈をフル活用して、あっという間に開店へこぎつけるのであった。

 震災から一日後、スーパー、コンビニから食べ物がハイダルさんの予言通りなくなり、 食料品はどこにもなくなった。そして、ハイダルさんはこの時期には食べ物が必要だと思いカレー屋を開く事にした。五橋のカレー屋を開いたのは、震災から二日後の昼だった。

「今から、カレーを来た人全員に無料で振る舞おう」と、ハイダルさんは言った。きっと食料品を買えない人もいるだろうと、考える私がいた。それにしても、よく人の為に尽くす人だな、と思った。何が動機でそんなに強い行動ができるのかと思った。

 五橋のカレー屋には、人が沢山並んで、みんなカレーを食べていった。子供連れもいて、 外国人の店員は笑顔で対応して和やかな雰囲気を作っていた。そんな時だった。一人のパキスタン人の男が、車のバッテリーを使って携帯を充電出来るようにしたのであった。

 そこには、人が沢山、集まり充電をしていくのであった。私は その様子を見て、外国人が日本を助けてくれていると心から感じるものがあった。そのパキスタン人はハイダルさんの友人であるらしかった。ハイダルさんが、そのパキスタン人 に異国の言葉で挨拶しているのを見掛けたからだ。パキスタン人のネットワークは広く密なのだろうと感じるものがあった。

 ハイダルさんのお店には、その日以降、震災の影響で食事に困っている人、お腹が減っている人が沢山きた。食べてもらったのは、おもにラムカレーを提供した。あまり、辛口にすると、辛くて水を飲みたくなってしまい水の消費が増えて、貴重である水がなくなってしまうので、甘口のカレーを作った。

 シェフであるインド人は日本の滞在歴は長く、日本人のカレーの好みを熟知しているのであった。甘口のラムカレーは、評判は良く、羊肉が珍しいのもあって、帰りには胃袋が満たされたのか、安堵した表情で帰路につく様子が見てとれた。そんな様子を見て私は、胃袋が満たされる事によって得られる安心感を感じ取れたのであった。やはり、食べ物は大切なのだ。しかし、この震災によって、食べ物の供給は止まっているし、買い占めもあり、コンビニ、スーパーには何もない。

 ハイダルさんのお店では一日、百食ぐらいは出しているがそれでも飢えている人もいるかもしれない。そう思うと、私は少し悲しくなるのであった。しかし、後ろ向きに考えても行動をしなければ何も生まれない。明日もハイダルさんのお店でホールの手伝いをしようと考えている自分がいた。

 私は、ふと疑問に思った事がある。それは、なぜそこまでパキスタン人はじめ、インド 人、バングラデシュ人の人達は困っている人を自分の身を削ってまで助けようとするのだろうか。私はパキスタン人のハイダルさんと出会って以来、ご飯はご馳走してくれるし、車でドライブもした。もちろん、運転してくれるのはハイダルさんだった。私はご飯代を払おうとしても受け取らず、ガソリン代を払おうとしても受け取ってはくれなかった。

 最初は年下の私からお金は受け取らないだろうか、と感じるものがあったが、それだけではないようであった。憶測で考えるのはダメだが、何か国民性のようなものだと感じるものがあった。私が出会った人間の中で一番、人の為に尽くすのが習慣として染みついているのがハイダルさんだと感じるものがあった。

 ハイダルさんが、仙台駅にいるホームレスにおにぎりをあげているのも見た事がある。私は、その出来事をインド人のシェフに聞いた。ハイダルさんが以前にスーパーで米とおかかと海苔を買ってきて、自分でおにぎりを作ってみたそうだ。私は、五橋のカレー屋のキッチンでそのおにぎりを作っているのを見ていた。初めて作るらしいおにぎりは形が少しいびつだったが、心は込められていたと感じるものがあった。そして、仙台駅に繰り出し、街の中でホームレスを探した。ホームレスの人を見つけては、おにぎりとスーパーで買ったお茶をあげているのだった。

 私は、その光景を見て、何か深い宗教心のようなものを感じた。人には親切にし、困っている人がいたら助ける。そんな事を短い付き合いの中で私はハイダルさんにそのような印象を受けた。きっと、カレーを被災者の人に振る舞うのも困っている人を助ける為であり、人助けはハイダルさんの人間性に染みついているのだろう。

第6話へ続く                        第4話はこちら

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仙台の人

図書館にある、まんがで読破シリーズを全て読みたいと考えています。

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