「彼女にサラトガ・クーラーを。私にはいつものを頼むよマスター。」
彼はそう告げると煙草を取り出して火をつけた…その姿はいつもよりマシに見えて少しイラっとした。
いい感じのジャズが流れるこの彼経営のバーがいつもの仕事を受ける受注の場だ。
明らかに彼のテリトリーであるこの場でイニシアチブを取るため由佳は軽くジャブを入れていく事にする。
「あら…貴方がノンアルコールカクテルを女性に勧める気遣いが出来たなんて知らなかったわ。」
由佳の言葉に一瞬面食らった彼は見る間に笑顔になり、その喧嘩を買うことにする。
「ハハッ…流石に暗部の仕事を頼む間柄だとはいえ未成年を酔わせてお持ち帰りなんてことはできないさ。
うちのボスはそういうことがとことん気に入らない人間でね。物理的な死がプレゼントなんて願い下げだよ。」
いつものチャラい口説き文句が垂れ流されるとばかり思っていたので少し意外だった。
自分好みの女遊びを絡めてくるようだったら即意識を奪ってそこらの海に投げ捨ててやる予定だったが、もう少し話を聞いてみてもいいか?
由佳は目の前の顧客としては及第点である彼に対して評価を下す。
その様子を微笑ましく見ていた彼は「商談」を始めることにする。
そして小一時間雑談と世間話を交えて歓談し、これからの算段の目星がついた頃には日付が変わろうとするときだった。
まあ今日は面白い話や界隈の近況も仕入れられたし有意義な時間だったかな?
由佳は話を切り上げ小粋な別れの挨拶で場を締めようとして…愕然とした。
この場の空気が魔性を帯びて自分に纏わりついてくるのを感じる。
まさか一服盛られたか?…いやそれは無い。私の薬物耐性は先方も承知だろうし、これからの信用を失って業界内に悪い噂が流れるのは避けたいはず。それならこの異質さは何だ?
状況把握がうまくいかない由佳を愛らしい小動物でも見つめる目で見ていた彼は改めて歓待の言葉を告げた。
「やっと時が満ちたようだね…ようこそお嬢様我が異界へ。君を「境界」の先へお連れしよう。我が理想の世界の住人となる権利を君に授けようじゃないか。」
そして彼が指を鳴らすと音も無く虚空から異形の者たちが這い出てくる。
由佳はそれらが何かを理解する時間すら与えられず、その「侵略」に抗う戦いに巻き込まれることになった。
