夜空に輝く真円を中心に描かれるいつもの情景はいつでも皆の憧れの象徴だった。
そしてその場で紡がれる言葉と物語は皆にとっての救済の物語として受け止められ、そのヴィジョンは様々な理想の道を照らしだしている。
それを誰が望んだものかはこの際問題ではない。
享受した皆の満ち足りた日常像がそれを雄弁に語っているのだ。
…その道の先に何が待ち受けているかを誰も知らないとしても。
「ちょっとエッチな初邂逅からのパートナー契約、ヒロインの危機に際しての都合のいい主人公補正解放。
結構ベタな王道展開だけど及第点ではあるかな?私は好きだけどね。」
どこまでも上から目線の主に対して彼方はちょうどいい相槌の言葉を見つけられずにいた。
山のように買い込んだ趣味の品々の鑑賞会はいつものごとく主人のプライベートラウンジで行われている。
財閥の一員として良家の淑女でいなければならない彼女が本家に戦利品を持ち帰るのはなかなか難しいようで、都心のタワーマンションのワンフロアをスイートエリアに改装して秘密基地にしているのであった。
そして彼方は彼女の趣味トークに日夜を問わず付き合わされる身である。
いくら身辺警護の任があるとはいえ、こういった日常の付き合いのような感情労働までするのは明らかにオーバーワークであったが文句は言えない雇われの悲しい定めだ。
彼方は用意されたアフタヌーンティーにまるで興味を示さず怒涛のマシンガントークをする主の聞き役に徹している。
でも彼女があるがままの自分でいられるこの場所と時間は大事にしておかなければなるまいな。
…それでも度を越したわがままや無理な要求をしてくるのは慎んで欲しいが。
彼女のこのプライベートラウンジに通されるのは彼女の選んだ「理解者」しかいない。
それゆえ彼女を煩わせる要因は存在していない。
なのでこの場にいることを唯一許された側近である彼方が面倒ごとをほぼ全て背負う義務があるのだ。
せめて痛いのは胃と頭だけに留めたいものである。
どうあっても口に出せない葛藤を持て余しながら彼方はいつも通り彼女に接していく。
持病の薬の時間ではあったがそれどころではない。
ここで彼女の承認欲求を満たせなければ次の人柱が用意されるのみ…悲劇の連鎖は自分で止めたいものである。
でもこの現実世界でも救いの可能性があってもいいんじゃないか?正解の選択肢を選べばこの状況から解放されるとか。
彼方は最早最低限の現実感すら持てない自分の意識を認知もできず上の空同然で任務を継続する。
「神への忠誠が崩れ落ちる寸前の天使にも等しく救済がもたらされる世界がこの世のどこかにありますように。」
彼方は今日の日記に書く内容を決めて現実に意識を戻すことにした。
