「人を物言わぬ石像のごとく変えてしまうのは神話の中の魔獣でもオーバーテクノロジーがもたらす超兵器でもない。人の意識そのものである!」
講師の言葉で講堂の中に不穏な空気が流れ、誰もが困惑した表情で受け止め方を迷っている。
…おいおい啓発セミナーみたいな論説で来たぞ大丈夫なのか?
愛彩は今日の学院のスケジュールを改めて見直し首を傾げる。
確かに今の時間のカリキュラムは心理学の講義の筈だが、空気感が明らかにおかしい。
ざわざわと聴講生がざわめく中で講師はそんな疑惑の目を向けられながらも目を爛々と煌めかせて持論に陶酔していく。
託宣を受けた恍惚の表情をしている彼女は殉教者を演じている快楽に溺れているようで、聴講生の訝しげな視線は眼中に無いようだ。
私が全ての愚かな民衆を正しく導いてみせるわ!とか顔に書いてある。
愛彩はその様子を見てしばらく呆気に取られていたが、興味を惹かれてもいる自分に少し意外な気分だった。
手元の講師のプロフィールの先頭に踊る「価値創造機構 南関東支部長」の文字。
だいぶ偏った思想が展開されるのだろうと身構えてはいたが想像以上だ…むしろそれを自分自身期待していたのかもしれない。
講師のテンションは今も上がり続けて自前の異世界論理は新たな物理法則をも生み出しそうな勢いだ。
ある意味価値ある時間なのかもしれない。
しかし…ちょっとまずいことになってくるかもしれないな。
愛彩の宿す異能は神学の概念を元にした領域を展開し心の景色を塗り替えるモノ…それは心的救済を強制することでもある。
その異能の「不快感」が愛彩の意識を圧迫していた。
この世界の異物である目の前の人物を排除するべきと愛彩に対して警告を鳴らし続けているのだ。
しょうがないな…今「この子」を暴走させてこの学部棟全体を私の心的結界で占拠してしまうと皆の精神的負荷は意識の昏睡レベルまで至る危険性がある。
流石に厳重注意とかで済むレベルではない。
覚悟を決めた愛彩は講師に対して手早く講義をまとめてもらうべく、挙手をしてコンタクトを取ることにした。
講堂の聴講生はおいおい大丈夫か…?と空気に印字されているほどの困惑の表情で愛彩へ視線を殺到させた。
気持ちよく持論を講釈していた講師はその挙手の意味を一瞬図りかねてぽかんとしたものの、すぐに自分なりの解釈を持ってそれを受け止める。
”なるほど、私の直接指導で救いをもたらしてほしいのね?”
その時の講師の表情とその目つきは今夜夢に出てきそうな程の狂的喜びに溢れていた。
