もう私の事は必要としてはくれないのですか?
かつて”天使様”として皆から敬愛と尊敬を集めていた彼女が投げかけた疑問。
アカデミーで並び立つ者のいなかった彼女に対して誰もが親愛の情をもって接していて、彼女のパートナーはいつでも彼女が望む選択を許容し望まれた結果を出していた。
しかし運命が二人の仲を引き裂く決定的な日が訪れた。
”天使様”のパートナーである彼が日本政府が抱える危険因子として捕縛されたのだ。
アカデミーでは政財界の重鎮を警護するための異能者育成をも手掛けていた事もあり、そこで飛びぬけた異能適性を認められた彼が安全保障上の懸念をもたらしたのである。
パートナーが目の前で拘束され連行される時、”天使様”も彼と同じ処遇を申し出た。
彼女と彼の相互作用による戦略的価値は誰もが認めるところであり、誰からも異議は出ないだろうと思っていた。
そう、当事者の彼以外は。
彼はあっさりと彼女の提案を拒否し国際機関が管理する研究所へと一人旅立っていった。
”君は自分の平穏な日常の中で生きて行ってくれ”。
その言葉すら彼女が受け取ったのは連行騒動が収まった数日後の事だった。
その言葉を失意と絶望の中で受け取った”天使様”はこの世界の論理と摂理を憎むようになり、因果干渉能力と事象改変能力について実証実験を始めることになる。
それがアカデミーの特進クラスの生徒にのみ共有される機密データ、「神話崩し」だ。
初めて聞いた時はどんな御伽噺だよと聞き流していたモノだったが、この場において有効な手はこれしかないだろう。
「事象の前提条件を意図的にズラすことで対象の「現実」すら自分の認知したものに変化させる」というこの特異な術式は人間の根底にある深層意識に干渉するモノで、人権意識の対極にある能力。
行動実態が秘匿されている暗部の人間以外が使った事が警察機構や治安維持セクションに感知されれば社会的な死は免れまい。
更に自分ひとりがいなくなればいいわけでもない。
表立って指揮を執る人間のひとりとして藤御堂家そのものも危険因子としてみなされる事になる。
そうなれば皆の日常も陽炎のごとく揺らいで消えるのみ。
路頭に迷うなどという生ぬるい処置は期待できないだろう。
しかし…
この期に及んで迷いを御しきれない悠華に対して少女はあからさまに煽った言葉を使ってきた。
「まあ君のようなお嬢様は他人の人生を背負う器では無かった、別に特筆すべき面白い人間でもなかったと報告しておくよ。そろそろお眠り頂けるかな?」
その言葉と共に意識が揺らいでいく。
このまま彼女の術中に落ちるわけにはいかないッ…どうしたらいい?
意識が自分の手元から離れる一瞬前、悠華の異能は無意識に反応し世界を書き換えていく。
それは決定済みだった運命の脚本が書き換わる事を意味する。
少女の戦慄で歪んだ顔がそれを如実に表していた。
