「この世の論理が破綻しているからこそ我がこの世の摂理を組み上げてやっているだけの事。それに相違は無かろうな?太郎。」
「はっ…仰せの通りにございます主様。私めのような浅慮の者にはとても描けぬシナリオを毎度賜れること、誠に光栄の至りでございます。」
部屋の灯りが”彼女”の機嫌を表すように揺れ動いて、この場の空気が弛緩したように思えた。
この場の主の満足を得られたことを誰もが一安心し歓談が始まっていた。
茜はその一連の儀式めいたやり取りをざわめく気持ちを抑えて見ているしかなかった。
宮内庁管轄のこの別邸での定例会合はこの国の「宿命」を内々に決めておく機密性の高いモノだ。
いつもの横柄な態度をどこかに置き忘れてきたような日本政界の重鎮は露骨に”彼女”にへりくだり、過剰なほどに臣下の礼を演出している。
この場の取り決めで日本国内に留まらずアジア周辺の各国の舵取りの方向性も決まる。
この厳かな空間で決められた事だけがこれからの「現実」となるのだ。
莫大な公的資金によるバックアップで運営されているだろうこの場には”彼女”のお気に入りの嗜好品や人員が取り揃えられており、鑑賞されるのを心待ちにしている。
”彼女”のお気に入りになることができればアジア圏でのルール策定を認可してもらえるのと同義とあって、大陸側の国家の重鎮もわざわざこの会合に参加しているのだ。
この場の主である”彼女”は古代呪術界において呪術の基礎フォーマットを創り上げた人物とされている。
その力を持って様々な時代の政権運営の不都合対処や不穏分子対応を担ったという。
宮内庁におけるこの会合の運営部署に配属になったばかりの茜にはその程度の情報しか与えられていない。
「この世の闇夜を照らす希望の灯り」として「月光妃」と呼ばれる”彼女”。
そしてそのお目通りの会合が「観月会」と呼ばれる所以である。
その建前として「普段は手が届かぬモノを皆で愛でよう」という懇親会としての体裁が示されているが、誰もがこのアジア圏の様々な利権や運営体制の品定めの場であることは承知の上であるのだ。
立憲主義の法治国家としてのスタンスから物申す者はここにはいない。
”彼女”の選別を受けた者しかこの場にはいないからだ。
何とも奇妙な連帯感が満たされたこの空気に対して茜は妙な既視感を覚える。
生殺与奪の権が下賜される場だというのに母体の胎内のごとき気持ちよさ。
正に絶対的存在に身を任せているときの安心感と全能感は神話の主神格を前にしたときそのものの感覚だ。
これは耐性の無い者の自我を火に焙られた砂糖菓子のごとく溶かしていくぞ…?
茜がその感覚に危機感を覚えて呪力防壁を張りなおした直後、”彼女”と不意に目が合った。
”彼女”は茜に対してさりげなく微笑むと、自分のところへ来るようにと手招きをしてくる。
その次の瞬間、茜の意識は自らの統制権を手放して帰ってくることは無かった。
