今まで生きた証と私の記憶。
その全てをまとめたこの本は決して神に捧げるためのモノではない。
この身と魂が例え神の所有物であったとしてもだ。
セレナはステンドグラスを透過した陽の光に身を晒して祈りの時間を過ごしている。
この聖堂の空気は俗世の空気がまるで感じられない程澄み切った空間であり、息苦しい程の清らかさが満たされていた。
セレナは深い祈りの中で今まで自分が抱えてきた葛藤と疑問が解けていくのを実感していた。
全ての因果は収束していったのだ。
今まで私が悩み苦しんでいた問題はその姿を変えて、私の願いを叶える土台となっている。
これからは神の奇跡のような異常事態に頼らなくても済むはずだ。
日常的に神の裁きや日常を揺るがす力がいつも居座っていては人々も気が休まらないだろう。
そのような超自然的事象だけが拠り所の信仰など日常を日々安らかに過ごしていきたい市井の人々にとっても有害だ。
セレナはこれまでの魔族との戦いの上で当たり前の日常を送ることがどれほど奇跡的なバランスで成り立っていたかを痛感していた。
だからこそ人々の日常の土台は何気ない人の営みで築かれるべきなのだとセレナは考えたのだ。
魔術や神学術でもたらされる神秘の力は魔族や蛮族のような日常を脅かすモノに対して必須な力ではある。
だがその力に安全保障を任せきりにして人々の人権が人質に取られては本末転倒だろう。
人々が自分の日常を自分の力で守れる体制がこれからの平穏の為に必要なのだ。
その為にこの本に書き記した経験則や秘法に禁呪…過酷な現実や宿命を塗り替える事のできる力を受け継いでいってくれる者が必要だ。
私がこの本を編纂し秘匿されていた魔術や神学術の実践的理論を世に公開しようとしている事は現状の平和を乱す行為として教皇庁からマークされている。
あと数日のうちに私は魔術協会から異端の反逆者として捕縛され、処刑されることだろう。
今日か明日かわからないその破滅の日への恐怖に耐えるのももう限界だ。
セレナは我が身を抱きしめて震えを収めようとしたが、それでも絶望感と無力感は滲み出してセレナの意識を蝕み続けている。
こんな事なら私も自らの幸せの為に生きたほうが良かったのか?
ついにそんな自己否定がセレナの意識の主導権を奪おうとした瞬間、不意に聖堂の扉が開く鈍い音がした。
逆光の中で現れたその人影は息を切らして肩を上下させていた。
しかしその人物はありったけの元気で笑顔を浮かべている…気がした。
セレナはその人物が正に運命に導かれてこの場に来た事を嬉しく思い、口元を緩めた。
